2012年05月19日

5月:青空市(2/3)
Kobayasi's Blog

 ちょっとびっくりしたのは、彼女がイモの天ぷらを知らなかったことだった。イモといえばジャガイモや里芋など色んな種類があるけど、天ぷらで食べるならさつまいもでしょう。だからさつまいもをあまり食べない所ではイモの天ぷらって無いのかもしれない。それにしたって天ぷらのタネとして"いも天"ってあるよね。ま、そりゃ、この街のいも天はサイズ的に大きかったかもしれないけどさ。それとも彼女がたまたま知らないだけなのだろうか?
 でも、って考えてみる。彼女の育った街にも青空市はあるんだろうな。そこでは逆に私の知らない物が売っているのだろう。そしてそこでは私が逆に彼女に問いかけているんだろう。アレはナニ?って。いや、私ならその場から離れずじーっと見つめて動かなくなるかもしれない。またかよ、って顔で彼女が後ろで佇んでいる姿を想像してみて、おもわず苦笑してしまった。ねえ、夕夏が育った街はどんな街だったの?って聞いてみたくなる。
 でもそれって、聞いて、いいのかな? 思わず考え込んでしまう。この人に私はそこまで関わってもいいのだろうか・・・。でも、こうして一緒にいてくれるのだから - 少なくとも今なら - 聞いてもごく普通の会話の流れでそうなったって感じだよね。・・・うん、聞いてみようかな。
 「ねえ、夕夏。夕夏が小さい頃ってさ、」
 「うわ、メダカだって。メダカだよ、メダカ! 花衣、どうしようか?」
 たぶん、私は彼女のことを睨んでしまっているかもしれない。彼女もあれ?って顔してるし。いかんいかん、思い直して口を開いた。
 「・・・どうするのよ、メダカなんか買ってさ。」

 後から聞くと、その時あたりから私はぼーっとし始めたそうだ。
 それはじっくり見て回れば結構時間のかかる青空市を全部見終わったという疲労感もあっただろう。また5月にもかかわらず夏日と言っていいほど気温が高くなっていたこともあっただろう。私がだんだん無口にうつむき加減になってきたのを心配した夕夏が近くにある川沿いのベンチで休憩しようと言ってくれた。木陰に隠れているベンチを選んでとりあえず二人並んで座ることにした。夕夏がこりゃ日焼けしちゃったな、帽子もかぶってきたらよかったな、なんて言っている。私はまるでそれをテレビで見ているような錯覚に襲われるほど今の私の意識は私の身体から切り離されていた。それは - 時々指摘されることがあるので認識していたが - 自分が外界を遮断している状態だった。その状態になってしまったのは - あまり言いたくないけど - 母親との思い出がきっかけだった。私の母も日曜日に開かれる青空市が好きだった。小さい私をつれて”いいシキビがないのよね”って言っていたのを思い出してしまっていた。そして一度思い出してしまうと次から次へとあふれるように出てくる。やめて! お願い、止まってちょうだい。思い出したって痛みになりこそすれ喜びにはならないのだから。
 だから夕夏が飲み物を買ってくるね、って言って離れて行ったことに私は気づかなかったのだ。そしてふっと我にかえると、隣にいるはずの夕夏がいなくなっていた。これは・・・私をかなり真剣にうろたえさせた。おもわず立ち上がって、存るはずの彼女の姿に追いすがろうとするけど、どこを見回しても在るのは彼女の幻影ばかりでホンモノは見えなかった。
 ・・・はッ だからどうだというのか。私はひとりごちて腰をおろした。だからなんなのよ、見慣れた光景じゃないの、と。終わりのないかくれんぼはもうしないと決めたじゃないの。私は所詮一人なの。そう自分に言い聞かせた。あの日から私はずっと一人なのだと。でも、私の身体は私の思いとは別の反応をしてしまった。本当にそう思う、ヒトを支配しているのは脳だけではないことを。

2012年05月10日

5月:青空市(1/3)
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 空はそのイメージそのままにスコーンとぬけた空色一色になっていた。でも5月のそれは夏と比べればまだ淡いスカイブルー( LightSkyBlue [#87CEFA]. 夏に近づくにつれて濃くなっていくのだ。SkyBlue [#87CEEB]. < DeepSkyBlue [#00BFFF].)。ああ、また夏が始まるんだとこの幼い印象の空をみるといつも思う。そんな素敵な日曜日に、なぜ私は朝もはやくから地元の青空市にきているのだろうか(この街では毎週日曜日に開かれる)。もちろん発案者は隣ですでに興奮状態になっている夕夏である。青空市と言えば聞こえはいいけど、主に並んでいるのは地元で採れた季節の野菜や果物、手作りの工芸品だったり加工食品だったり(こんにゃくとかゆずドリンクとか)。とにかく私からすれば幼い頃から見知った商品ばかりが並んでおり、面白くもなんともないのだけどな。・・・せっかくの日曜日なのになあ。夕夏を横目でみながら小さくため息をついてしまう。

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 私の街のお城は街のほぼ中央に存在している。その正門前からすこし離れた場所が今回のスタート地点なのだ。そしてそこから実に1.3kmに渡って東へ東へと一列に店が並んでいく。ここからの眺めはいつ見ても気持ちいいと思う。一軒一軒のお店は立ち上がって手を延ばせば端から端まで届きそうな限られた狭い空間だけど、それらが絶え間なく延々と一列に並んでいく。興奮状態の彼女を横目で見ながら、私もここにくるのはじつに何年ぶりだろうと思い出していた。夕夏はとにかく目に入るものすべてが面白いみたいで、ちっちゃい子供が目に写ったものをとにかく口にするようなものだった。微笑ましいといえば言えなくもないけど、終わりのない質問ぜめに思わずため息が出てしまう。
 ところでニッキ水はないのだろうか? 夕夏の質問に答えながらも視界の片隅でニッキ水を探してみる。もしあればあれだけは買って帰ろうと決めていた。
 「ちょっと、花衣、アンパンマンのあんぱんがあるよ。」
 「うん、わりとよく見かけるよね。あのキャラクターはキリストを表現しているんですって。あ、パンなら帽子パンとかも美味しいんだけどね。」
 幼い私の記憶の中で青空市での思い出として強烈に覚えている物がニッキ水なのだ。そもそもひょうたんの形をしたガラス容器に入っているニッキ水自体がスーパーとかコンビニでお目にかかれる商品ではないので、青空市で初めて出会ったその華やかな赤や緑や黄色の色彩の液体に幼い私は猛烈に惹かれたことを覚えている。
 「何よ、帽子パンってさ。」
 「あれ? 知らない? じゃあ、紙パックのリープルとかも知らない?」
 なかでも赤色のニッキ水が私は欲しくて仕方がなかった。今となってはなぜなのかは思い出せないけど、あれはきっと甘いジュースに違いないと思い込んでいた。シロップと混同していたのかもしれない。シロップは甘すぎるけど、それよりはずっとさっぱりしているにちがいないと思い込んでいた。ねだってねだって買ってもらったニッキ水のふたを開けてもらった私はそれを一気飲みしてしまってとんでもないことになったことを思い出す。あの味は、ないよね、やっぱり。幼稚園児には危険だと思う。
 「知らない・・・。あ、あと田舎寿司ってあるんだけど、あれってなに? こんにゃくとかタケノコとか。普通、酢飯に海産物じゃないの? お寿司ってさ。」
 「こっちは山が多いからね。身近な山菜と酢飯の組み合わせだってあっていいんじゃない?」
 それでもカラになったひょうたん形のガラス容器を私は手放そうとはせず、お茶をいれて水筒がわりに使っていたように思う。もちろんニッキ水のあの華やかなイメージとは程遠くて内心がっかりしながらもそれを飽きることなく使っていたように思う。
 「・・・うん? どうかしたの?」
 「いや、花衣って何でも知ってるんだね、って思ってさ。」
 「あの、私、地元民なんですけど・・・」

2012年05月03日

5月:閑話休題
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 「最近、朝倉さんは、一宮(いちのみや)さんと仲がいいんだね。」
 最初はあまり気にしていなかったけど、こう何度もいろんな人に言われると、逆にムッとしてしまう。花衣(かえ)と仲がよければ一体なんだというんだ、ってね。・・・とはいえ、彼女らも悪気があって言っているのでないことは私にもわかる。教えてくれてるだけなのだ。あの子はちょっと変わってるからね、って。さてと、どうしたものかな。確かに花衣にだって非はあると思う。容姿が整っているだけに無表情でいられるとかえって怖い感じがする。お人形さんが急に怖く感じるのににてるのかな? しかも全然しゃべらないし。独り言を言わないのがまだ救いかなあ。私には結構普通に話してくれてる方だとは思うけど、それでも話しかけてもただジッと見つめられるだけのこともあった。確かに彼女独特の雰囲気があるのよね。うーん、どうしたものかな。笑うとほんとに可愛いんだけどねー。にっこり微笑むだけでも印象が全然違うんだろうけどなー。ほんと、どうしたものかな。

 彼女の名前は一宮花衣(いちのみやかえ)。
 初めて彼女に出会った時、なんて可愛い子なんだろうと思った。まずは、ちっちゃい。150cmもないんではないだろうか。でも色白の顔や腕・足のパーツパーツも細いから実際より大きな印象を受ける。バランスがいいんだな、きっと。それに手入れの行き届いた長い黒髪と黒目がちな瞳が小動物的な印象をさらに強調していた。自分が女性としてはデカイ方だからだろうか、こんな生き物に目の前をちょこまかと動かれるとたまらない。可愛すぎるっつーの。・・・でも彼女の唇はいつもしっかりと一文字に閉じられたままなのだ。うまく言えないんだけど、その薄い唇に彼女の意思の強さが現れていると思った。きっと彼女は一人で抱え込むタイプなんだろうな。直感だけど。何かに耐えている。私はそう感じた。折れないように押し潰されないように彼女は一人じっと耐えているんだと。
 だからかな、私と彼女はきっと同類なんだと思った。直感だけど。うまく言えないんだけど、同じ所をぐるぐるぐるぐる回ってお互い前に進めなくなっているんだと思った。だからこそ私は花衣と一緒に在てみようと思った。もう、私一人では前に進めない。私には友達もいる・家族も優しくしてくれる。だからあのこともいつか時間が解決してくれると信じていた。でも、私はただただ時間だけが流れていくのが苦痛でならなかった。いつまでこの「おままごと」をしなくてはいけないのだろうか。でも二人なら、花衣となら・・・。でも、それは結局 自分自身のためなの? こんな私の思いを知ったら彼女は悲しむだろうか。私を利用したのねって。一生恨まれるかもしれないな。いやいや、それよりは、あ、そうなのね、で終わるかもしれない。それがどうかしたの?って、キョトンとしてジッと見つめられるだけかもしれない。その方が彼女らしい気がする。だからこそ、彼女が背負っているものはなんなのか聞いてみたくなる。時々、自分のことを彼女に告白してしまいたい衝動にかられる。そして彼女の事を問いただしてみたくなる。聞いて!そして何があったの!って。でも、まだその時ではないのだ。ケータイの番号を教えることすら躊躇しているのだから。いっそ彼女の方から「ケータイの番号を教えてよ」って言ってこないかな。ま、無いだろうな。花衣ってほんとにそういうことに興味がないみたいだし。・・・まだまだ、と自分に言い聞かせている。

2012年04月27日

4月:清涼山(3/3)
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 「でも、よくこんな所、知ってるのね?」
 「本当いうと、偶然なんだ、ここを知ったのは。」
 そういうと夕夏(ゆうか)はハミングし始めた。それは私でも知っているアーティストの代表曲で、たしか何年か前の夏の甲子園の行進曲にもなったことのある曲だった。そして我が県出身のアーティストでもあるのだ。
 「彼女の曲のなかでここでの思い出を書いた歌があるらしいの。どの曲かまでは知らないけどね。昔はロープウェイがあって、下にある川をまたいで山頂から対岸までロープウエイが引かれていたんだって? あー、私も乗ってみたかったなあー。ひょっとして花衣(かえ)は知ってる?」
 一体いつの頃の話なのよ?って言って笑ったけど、なんでこの人はそんな事まで知ってるんだ?

 お待たせいたしましたと言って店員さんが注文した品をトレーにのせて持って来てくれた。反射的に見上げた店員さんの顔を私はついまじまじと見入ってしまった。30歳後半くらいだろうか、化粧っけなしでほっそりとしたおとがい。長い腕と細い指が注文した品をテーブルに並べていくのを目で追ってしまう。
 「・・・ 花衣ったら、目がハートになってるよ。」
 夕夏は注文したカプチーノをアチッていいながら、ああいうタイプが好みなの? とちょっかいをだしてくる。うるさいなー、あなたは案外猫舌なのね、と私は砂糖もクリームもいれずにコーヒーを飲もうとする。
 「なんていうか・・・、私って背が低いから、すらっとした人に憧れがあるのかな?」
 「花衣だってじゅうぶん細いじゃない。」ありがとう、と言いながらも首は自然と横に振っていた。そうじゃないのよね・・・。そうかなーっていいながら夕夏は一緒に頼んだチーズケーキにフォークをいれる。一口ほおばって、うん、とうなずいて、花衣も一口どう?と言ってくれる。ひょっとしてかなりの甘党だったりするのかなと思いながら、実はあまり甘いモノが好きでない私はニッコリ微笑んでコーヒーを口にして話をそらした。
 なんか今ごく普通に話をしているだけなのに、店内にいる人の視線が私達に集中しているのが分かる。もちろんその視線の先にあるのは私ではなく彼女になのだが、どうにも注目されることに慣れない私はしだいにうまく呼吸ができなくなってきて意識的に呼吸を整えようとする。少なくてもダメだし多ければいいというものでもないから。ほんと、めまいがしてきそうだった。当の本人はどこ吹く風でチーズケーキをパクパクと食べている。夕夏らしいなと思ったし、またそれが絵になるのよね、この人は。
 ・・・そもそも彼女はなんで私とここにいるんだろう? 自意識過剰みたいに聞こえると嫌だからあまり考えたくないのだけど、私の何がよくて彼女は私といっしょにいるんだろう?

 「ひとりはさみしくないの?」
 たぶん彼女はそう言ったんじゃないかと思ったけど、急にぼそりと言ったのでほんとに私は聞き取れなかった。
 「えっ? ごめんなさい、なんか言った?」
 なんでもない、っていって彼女は残りのチーズケーキをほおばった。私もそれ以上その事について追いかけることもせず、うっすら冷たくなったコーヒーをすすった。コーヒーはよく飲むわりにはここのコーヒーが美味しいのかどうか私にはわからなかった。少なくともインスタントじゃないなとは思ったけど。そもそも私はコーヒーという液体が美味しいものだと思って今まで飲んでいなかったのかもしれないな、ほんとはなんでもよかったのかな、なんてふと考えてしまった。

 「さてと、そろそろ行きましょうか。もうすぐバスがくる時間だよ。」
 「え? 帰りはバスにするの?」
 「実はあたしも歩いて降りるのはしんどいかなあー、って思って一応調べておいたんだ。」
 「ふーん、あと何分ぐらいでバスがくるの?」
 「んーっと、15分ぐらいかな?」
 「じゃあ、公園内をちょっと散歩してからバス停に行きましょうか。」
 夕夏はくしゃって笑って「さっき道案内してくれた猫にあいさつできるかもね」と言ってトレーを片手に席を立った。私も両手でトレーを持ち上げて彼女の後を追いかける。なぜだろう? いま私はいい笑顔になってる気がする。彼女といると私は笑顔になれる、今日はいい日になりそうだ、と思った。

2012年04月12日

4月:清涼山(2/3)
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 夕夏(ゆうか)はごく普通に振舞っていただけだと思う。でも彼女には人を惹きつける何かがあふれているんだろうと - ひがみなんかじゃなくて - ほんとに私はそう思っていた。だから皆が競うように彼女を取りかこみ、いつも華やかな空間の中心に彼女が在ることを素直に素敵なことだと思っていた。ただ彼女をそうさせているのが何かまでは、その時は思いが回らなかった。

 自分とは関係のない綺羅の世界に住んでいると勝手に思っていた彼女から話しかけられたときは、正直驚いてしまった。うろたえた、という表現が正しいかもしれない。あれ? 私、何か目立つような事したっけ?って。なにせ彼女はこの予備校ではちょっとした有名人なのだ。何といってもその容姿が人目を惹きつける。髪はショートで長身でスレンダー。化粧っけはあまりなく、痩身の麗人といった感じ。でもそれに関しては本人はあまり興味がないみたい。うっすらとみえるそばかすを隠そうともしないし、服装もシンプルなものが好みのようで、アクセサリーをしているのも見たことがなかった。性格の方もさっぱりしているのだろう、彼女の周りには誰かしら(男性女性関係なく)友人がいるようだった。なによりその屈託のない笑顔が - はっきりいってその笑顔がみたくて - 自然とまわりに人が集まってくるような人であった。そんな彼女がいつのまにか私の隣りの席に座って授業を受けるようになったのだ。席順が決まっているわけではない予備校で、彼女の方が私の隣の席に座るようになったのだ。
 ・・・えーっと、これは一体、何があったのでしょうか?


 そのカフェは確かに見晴らしが良かった。店内には柱が一本もなく、ちょっとしたテニスコートが入りそうな開けた空間の入口正面と右側面の2面がガラスだけでできていた。そのガラスの壁に沿ってそれぞれキャラクターの違う背の低いテーブルが配置されている。そしてそのガラス越しに市内が一望できた。思わず感嘆詞が漏れそうになるが、入り口近くにいた店員さんに声をかけられたのでとにかく先にオーダーをとることにする。ここはセルフサービスのようで先に注文をしてからお好きな席にどうぞ、というシステムになっているみたい。
 「ねえ、夕夏は何度もここに来たことがあるの?」
 「”何度も”というほどじゃないね。3回くらいかな?」
 とりあえず端っこの席に行こうとする私を捕まえて、彼女はど真ん中にある席を陣取り、私にもそこに座るように椅子を引いてくれた。確かにそこでの見晴らしは良かったが、ちょっと落ち着かないのも私の正直な感想だ。私は隅っこの方が落ち着くのだが・・・。 これは後でタイミングをみながら彼女に伝えることにしよう。


 最初は「ここ、空いてる?」ってな感じで話しかけられたと思う。
 自分のことをいうのはあれだけど、私は知らない人と話をするのが苦手だ。そしてこの予備校では知り合いがいなかったから、いきおい私は誰ともしゃべらず、隅っこで一人過ごす事が多かった。いなけりゃ作ればいいじゃないかと思うこともあったけど、自分は友達を作りにここに来ているわけでもないし、また一人でいても放っておいてくれる空気が予備校にはあった。それに私は一人でいるのはなれっこだった。
 だから彼女が話しかけてきた時は逆に「どうぞ」と言うのが精一杯だった。実際問題として、しゃべる事をしなくなるとヒトはうまくしゃべれなくなってしまう。しゃべるという動作をわすれてしまうからだろう。その日はそれだけで終わったけど、次の日も次の日も彼女はわたしの席の隣に座るようになった。私もいつも隣に座る人に挨拶だけしかしないのも愛想がないなと思ったので - ほんと、どうでもいい事しか思いつかないな、私って - 天気の事や昨日コンビニで買った新商品の事や、もうすぐ予備校で行われる実力テストの話なんかをした。でも、それからだったと思う。彼女から次の日曜日の予定を聞かれるようになったのは。

2012年04月04日

4月:清涼山(1/3)
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 「花衣(かえ)、こっちみたいだよ。」
 そう言って彼女は右手を振りかざし、早くこっちに来るよう私をうながすのだ。その屈託のない笑顔に - 彼女は夢中になると子供のようなはじけた笑顔になるのだ - 私は引きつった笑顔でそれに答える。その笑顔の意味するところが伝わったのだろう、彼女は私のもとに戻ってきてくれたりすることは残念ながらなく、にっこりと微笑んでさらにさっさと前へと歩き始めた。どうやら私の笑顔は「後で追いつくから、先に行って欲しい」と理解されたようだ。やれやれ、彼女らしい反応であるが、それより今わたしが直面している問題は、なぜ私は彼女とここで山歩きをしているのか、という事だろう。私の住んでいる街はもともと平野部が少なく、県全体の平野部の占める割合がアマゾン並みに少ないのだ。だから街内に里山がどーんと鎮座してたりする。それ自体は小さい頃から見慣れている風景だし、ちょっとした遠足などでお世話になった記憶もあるのだから別にどうという訳ではないのだけど、今この里山にカフェが存在していることがそもそもの事の発端なのだ。まあったく、再度繰り返しになるけど、なぜ私はここで彼女の山歩きにつきあわなくてはいけないのだろうか?

 彼女の名前は朝倉夕夏(あさくらゆうか)。
 実は、それ以上の詳しいことについて正直わたしは知らないままなのだ。例えば、どんな家族構成でどこの出身で今どこに住んでいて何が趣味なのかも知らない。ケータイの番号も知らなければアドレスも知らない。その事について彼女が話すこともないし、私から問いかけたこともない。おそらく - 考えたくはないけれど - 彼女が事故にあって入院するようなことがあったとしてもお見舞いに行くどころかそれすら気づかない私がいるんじゃないだろうかと想像してしまう。なぜなんだろう? それすら今まで考えようとしなかった私がいた。あえてその理由を言えと言われたなら、私と彼女は大学受験に通う予備校でたまたま教室が一緒になっただけの間柄でしかないから、としか言いようがない。予備校というのはそういう人間関係の空間でしかないと思っていたからかもしれない。

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 「花衣、この山頂の公園にカフェがあるんだよ。」
 肩で息をしている私に気づいているのかいないのか・・・。彼女は楽しくって仕方がないような明るい声で話しかけてくる。
 「・・・・ねえ、夕夏。・・・・ちょっと聞いてもいい? ・・・この公園の入り口前にはバス停があるよね。どうして、、、いえ、バスの方が早くこれたんじゃないかと思うんだけど?」
 「この山はね、」
 そういって彼女はちょっと遠くを観ているような目で私をみながらしゃべり始めた。
 「信仰対象となっている霊場のお寺があるんだ。全国からこのお寺を歩いて訪ねてくる人がずーっと昔からいたんだよ。せっかく近くに住んでいるんだもの、同じ路を歩いて登ってみたいじゃない。」 彼女が高校生の時に県外から引っ越してきたことは何となく知ってはいた。この予備校に通っているのも慣れない環境の変化で受験に失敗してしまったからだと- 本当かどうかは知らないけど - 噂話を耳にしたことがあるから。その彼女が地元の私でも知らないような事をなぜ知っているのだろう? ひょっとして私が知らなさすぎるのかな? 身近すぎて興味がなさすぎたかな?
 「とにかく後少しで目的のカフェだよ、早く行こうよ。市内を一望できるらしいよ。」
 えーっ、まだ、歩くの?と思った瞬間、視界を何かが横切った。思わず目で追いかけてしまう。あ、猫だ。そう思った瞬間、お互いの視線があってしまった。瞬間 猫は少し身を縮めたかと思うとスッと走り出してしまう。そのあっという間の動きを追いかけた私の視界には、猫に変わって白い建物が飛び込んできた。それはいかにも観光地の展望台でござい、という感じの3階立の白い建物だった。え? ひょっとして、あのいかにもって感じの所? 目的のカフェって?  その建物に向って道案内をするかのように走りだしたさっきの猫の後ろ姿が視界に入った。

2011年09月18日

100回目:謝辞
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 こういった事を書かせてもらえる機会を得られたことに感謝いたします。おかげさまで目標としていた100回目も無事迎えられました。いやほんとに、いざやってみると一週間に一回のアップが精一杯で(最短納期で3日というのがありました。出来るか!そんなの!)、100回目まではがんばって書いてみると決めたのはいいのですが、結局約一年かかってしまいました。ある時などは、紹介する本はすでに決めてしまっているのにどう紹介するのかが思い浮かばない週もあり、このままでは原稿が落ちてしまう! ごはん食べられなくなる!なんて空想しながらブログを書いていたりしました。またそんな時に限って会社から電話がかかってくるんですよね。ほんと、心臓に悪いっつーの(笑)。また自分の本棚を見直すことにもなり、改めて自分の考えや発想が限られた本から発生しているのかを再確認させられました。そんななかでも、このブログも含めていろいろなことの私のネタ帳になっている「イメージ生産の技術」という本を最後に紹介して終わりにしたいと思います。

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■出版社
JICC出版局
■著者
西岡 文彦
■内容(目次より)
I章:イメージの転換術・展開術
 イメージの変幻自在ぶりを体験する17のプログラム。
II章:イメージの納得術・説得術
 イメージをかたちにする、ことばにする。
III章:イメージ観光 [ 東洋編・西洋編 ]
 古今東西のイメージの壮観を眺める12のコース
IV章:イメージの発想術 [ 増感術・想起術・広告術 ]
 イメージ・タンクとしての自分をパワー・アップする。
V章:イメージの構想術 [ 配架術・目次読書術・読み換え読書術・架空読書術・架空出版術 ]
 イメージ・ユニットとしての本の機能を全開する。
VI章:イメージの観相学
 イメージとイマジネーションの原風景を探索する。

 この本のV章で紹介されているフリッツ・ザクスル著「シンボルの遺産」という本があります。原書を私は読んだことがないので内容を鵜呑みにすれば、「内容は美術史を、イメージを語りつぐ芸術の歴史として捉え、隣接する諸科学(宗教史・言語学・人類学等)との密接な関連によって解き明かそうとするユニークな本」であるらしい。ナンノコッチャ、意味分かりません。ただその考えを具現化した「ヴァールブルグ文庫」という四階建ての書庫の存在にものすごく魅せられてしまいました。その書庫はヴァールブルグの思考を基に一階から本が並べられているのだけれども、タイトルやカテゴリよりは本と本とがその内容でつながって配列されているというのです。これは・・・ 想像しただけでも面白くないだろうか。
 「一階は表現とシンボルをめぐる本にはじまり、ここから人類学と宗教へ、宗教から哲学と科学史へと導かれるように配列され、二階には、芸術表現とその理論、歴史をめぐる本が収められ、三階は言語と文学に、四階は人間生活の社会的形態、つまり歴史、法律、民族などに当てられている。それは、ヴァールブルグが生涯にわたって、ときには混乱し、死にもの狂いになって精神の表現、その本性、歴史、そしてそれらの相互関係を理解しようとして闘った痕跡そのものである。」

 「ヴァールブルグ文庫」という存在を簡潔にいえば「本をどう並べるかという事はその人の精神構造を表現する」ってことなのかな? ならば、もし誰かが「貴方という人間はどんな人間なのですか?」と質問されたときに「そこにある本棚の本を端から順番に読んでもらえたら分かります」と言える本棚を持ってみたいものだなと思います。きっとそれは - 大きさは関係ありません - 誇らしい素敵な事のように私は思うのです。

2011年09月12日

タロットカードとこのブログ構成について
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 タロットカードの起源にはいろいろな説があるらしい。そのなかで私が一番興味をそそられたのは「タロットはもともと一冊の本であった」とする説だ。その本の内容に関しても様々あります。キリスト教以前の古代の教典であるとか、古代からの伝承を伝えるために作られた絵本であるとか。それが何かをきっかけにバラバラに散らばってしまったのだ。それは異教徒からの迫害であるとか、古代アレキサンドリアの大図書館が炎上したことが原因であるとか。そのどれもが興味をかき立ててくれるのだけれども、私が一番興奮させられるのは、これ以上分割されることのないイメージのユニットを作る事でいつでも全体を分解・復元できる「本」が存在するという事である。そしてその順番を変えたり足したり減したりするだけでいくらでも物語ができるという事になる。という事は、もっと想像を膨らませれば - タロットカードの数は大アルカナ22枚・小アルカナ56枚と決まっているが - じつはまだ知られていないもう一枚のカードが存在するとしたら・・・。例えば、なぜそのカードは今まで表に出てこなかったのか? 誰がどういった偶然でそれを見つけるのか? それを意図的に隠していた存在がいたとしたら? 無神論者が適当なことを言って失礼だとは思いますが、キリスト教の起源に関わるカードだったりすると・・・。ひょっとしたら聖書自体がある意図を持ったカードの集合体であって、そのカードを一枚追加するだけで総てを作り直さなければつじつまが合わなくなってしまったら・・・。なんて想像するだけでワクワクしてしまいます(ほんと、すいません。適当なことを言いまして)。

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 さて、このブログも - なんちゃってですけど - ちょっとだけコレを意識して作っていたりします。「これ以上分割されることのないイメージのユニット」であるマンガや小説を「私」というある意思のもとにつなぎ合わせるという、小説・マンガ・私という3つから構成されていたりします(小説+小説・マンガ+マンガの時もあったり、脱線したりもしましたが)。その「私の意図」というのがさらに練りこまれていたらそれぞれのカードがさらに生きるのでしょうが、正直ぶっつけ本番みたいになってしまいました。同じカードを使ってももっと面白くできるはずなのに、と思ってしまうのですが、今のところはこんなものでしょうか。
 実際これをひらめいたのは、2010年10月06日のブログ「なんとなく普通の日々」からなので、最初からそんな構成を考えていたわけではありません。ただ、このブログで面白かった本を紹介しようと考えた時に、ただただ並べていくだけではつまらないだろうと思い - ようだいの多い内容になるとは思いましたが - 対立するものをあえてチョイスしそのまま同列に並べていく、という岡本太郎テイストをマネてやってみました。はてさて、その考えはひとりよがりになってなければいいのですが・・・。どんな感じでしたでしょうか?

2011年09月05日

「どくとるマンボウ青春記」
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 このブログでご紹介している本は大なり小なり私に影響を及ぼしている作品ばかりです。なかでもこうして文章を書くとき、いたるところでひょこひょこと顔をのぞかせる作品があるんです。言いまわしや話の流れなどは - 悲しいかな - かなり意識してしまってます。とはいえ、この作品を読んで二十年近くがたっているのです。いい加減こなごなに砕いて消化してしまってもいいように思うのですが、書くと似てくるんですよねえぇぇぇッッッ。なんの因果でしょうか。読む人が読めば「ああ、やっぱりね」って言われそうなので、先に明言しておきます。ええ、思いっきり影響されてますが、それが何か!

 著者の名前は知らなくても「どくとるマンボウ航海記」というタイトルは見聞きしたことがあるのではないでしょうか。夏休み恒例の夏の100選のなかに必ずあって - 私が学生の頃の話ですが - 気楽に読めそうだと手にとったクチです。確かに面白かったし、その時まで自分が知っていた文学と呼ばれる作品とは全く違う新鮮さを感じて - 大げさに言えば - 新たな息吹を感じさせてくれました。文学って窮屈なもんじゃないんだ!ってね。その後著者の純文学作品である「夜と霧の隅で」「楡家の人びと」「木精」も読んでますます著者が好きになりました。でも巡り合わせ的には後の方で手にしたこの「青春記」が最後まで私の手元に残ることになったのです。 北杜夫ファンならご存知だと思いますが、著者にとってのドイツの作家 トーマス・マン の「トニオ・クレーゲル」が、私にとっては 北杜夫 の「青春記」になっちゃってるのだ。いやもうその内容たるや青臭くって改めて書くのも恥ずかしくなるくらいですが、仕方ないのかな、こればっかりは・・・。

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■出版社
中央公論社
■著者
北 杜夫
■内容(カバーより)
 青春 - かけがえのない万人の心の故郷。なつかしくも稚拙なもの。活気に満ちて、さびしいもの。著者の個性的な、爆笑を呼ぶ、しかもひたむきな青春の記録は、人生の門口を歩もうとする者へ、何ものかを教えるであろう。

 私がこの作品に出会ってした事。
 1. まずは単語を調べた。なにせ著者はいわゆる戦中派の作家で、しかも「信州の旧制高校生」出身なのだ。出てくる単語が今とは明らかに違う。だからといって、その単語を知らなければ理解できないなんていう崇高な文章ではないので、意味がわかんないままでも全然大丈夫なのだが(逆に作家である限りそれは当然の配慮だと思うのですが・・・)。でも著者の場合、調べれば調べるほどその単語でなければいけないから - それを表現するにはいくつかある中でそれが適当だから - その単語を使っているだけなのが分かってくる。漢字辞典片手に知らない単語をしらみつぶしに調べ、脚注番号をうち、欄外に言葉の意味を書き加えていきました。
 2. 文章の構成・連なり方を考えた。何度読んでも、著者の文章は読みやすいと感じる。どこに読点を打つのか、打たないのか。それによって形成される1ブロック分の文がさらに句点によって綿密に配列されていき、1段落を形成する。次にこの意味を持った複数の段落が前後の関係を保つように配列されて1章を形成していく。じつに上手く配列されていると思う。
 こういうバランス感覚っていうのは天性なんでしょうね。でもね「ほらどうだ、上手いだろう」って感じが微塵もないところに私は一番惹かれているのかもしれません。

2011年08月31日

「ブレードランナー」
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 なぜ人は物語を必要とするのだろうか?
 私は小説や漫画からが多いのだけど、べつにTVドラマだって映画だってオンラインゲームだって構わない。SFだろうがラブコメだろうが橋田寿賀子劇場でも構わない。民話でも神話でも都市伝説でも構わない。位相幾何学(トポロジー)的にいうところのストーリー。なぜヒトは自分以外のストーリーが必要なのか?

 今回の作品は1982年に公開され、ひょっとしたら来年にリメイク作品が出るかもしれない(実に30年後にだ!)との話もある、今だになにかと引き合いに出されるSF映画なのです。でも一方では、あまりにも内容がやたらめったら暗くて陰湿なので、主人公 - デッカード - 演じるハリソン・フォードはヒット作でありながらも自分の作品とは認めたくない、との話があるくらいだ(真偽のほどは知りませんけど、なんとなく納得してしまいます)。
 さて、この作品では外せない存在が三つある。一つ目はレプリカントと呼ばれる人造人間。二つ目はその創造者であるタイレル博士。ちなみに彼はそのレプリカント製造最大手タイレル社の社長でもある。そしてその社長秘書を務めるレイチェルが三つ目だ。先に言ってしまうと、彼女はタイレル社が誇る最高級レプリカント:ネクサス・シックスなのだが、その事はまだ本人には知らされていない。つまり、自分を人間だと思っている人造人間なのだ。

 映画の中で、タイレル博士とレイチェルがレプリカントである事を見破ったデッカードとの会話が私にはとても印象的なのです。
 タイレル博士:「(レプリカントであるレイチェルの)感情が目覚めてきた。そのために 何か いら立っている。数年分の経験しかないからな。過去を作って与えてやれば 感情も落ち着き制御も楽になる。」
 デッカード:「過去? 記憶のことか?」

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■タイトル
BLADE RUNNER
■販売元
ワーナー・ホーム・ビデオ
■内容(Amazonより)
 2019年、酸性雨が降りしきるロサンゼルス。強靭な肉体と高い知能を併せ持ち、外見からは人間と見分けが付かないアンドロイド=「レプリカント」が5体、人間を殺して逃亡。「解体」処分が決定したこの5体の処刑のため、警察組織に所属するレプリカント専門の賞金稼ぎ=「ブレードランナー」であるデッカード(ハリソン・フォード)が、単独追跡を開始するが・・・
 デッカードとレプリカントのリーダーであるロイが対峙するクライマックス・シーンや、東洋と西洋の文化が入り乱れカオスと化した未来都市ロサンゼルスの描写は、後のSF映画に多大な影響を与え、現在でも様々な議論を呼び続ける映画史に残るSF映画の金字塔的作品!

 全くもって合わせ鏡だとしかいいようのない設定を、このタイレル博士はレプリカントに施すのである。(安全弁として)自分より短い寿命にする、という設定だ。ヒトは、神にされたことを自分の創造物にもしてしまっているのだ。そしてそれが無自覚の防衛策だという点では、- 無神経な言い方で申し訳ありません - 虐待を受けた子供が自分の子供を虐待してしまうのに似ている(それは自己を守るためなのだ)。とすればこの映画のラストシーンは驚愕である。この子は黙ってそれに耐え忍ぶほどお人好しではなかった。自分の親を(抽象的な意味でなくて、まさに張本人を)自らの手で殺して終焉をむかえようとするのだ。
 なぜこの世に神はいないのか。
 最初から悪魔なんかは存在しやしないのだ。在るのは神とヒトだけだ。そして未完成で不安定なヒトは神から与えられるはずだった「過去( or 記憶)」を後生手にすることができず、ただイライラとしてしか生きていけず、あてもなく消費を繰り返し、自分以外のストーリーを渇望するのではないだろうか。もちろん、いくら与えられても満たされることが無いことは - それが神から与えられたもので無い以上 - 無駄であることは決まっているのだが。何かに追い立てられ、何かの不安感に怯え、何かが欠落していることを認識してヒトは死んで行くだけだ。・・・やれやれ、全く、レプリカントもいい迷惑だよな、ホント。願わくば、彼らの魂も私たちの魂も神がいる同じ場所に行って - 口喧嘩している嫁姑にはさまれた旦那さんのように - 人間とレプリカントが喧嘩しているのを神が肩をすくめて逃げていく、なんてのがいいオチだと思うのだが、どうだろうか。

2011年08月25日

マンガ分とは
Kobayasi's Blog

 このブログでちょくちょく出てくる「マンガ分」とは、結局なんだったのでしょうか?
  それっぽく書くわりには、ほんとはあまり深く考えず勝手に書いている言葉だったりするんです。とはいえ、このブログで小説やマンガを紹介していて、なんか共通点のようなモノを感じるときにしか使ってはいないのですが・・・ きっとそれらは括弧でくくれば(数学でいうところの)同類項なんだけど・・・ うーん、なんでしょう? ま、別にそれが分かったところでお腹がいっぱいになるわけでもお金が貯まったりするわけでも何でもないのですが、考えちゃうんですよねえ。損な性分のような気がします。

 さてさて、本題です。

 フランスの作家で「天の根」という小説を書いた方がいます。これが私が感じる「マンガ分」をかなりの部分説明してくれているんじゃないかなと今のところは思っています。私は原書を読んでいないのでなんとも言えませんが、この作品を紹介している内容そのままを引用させてもらいます。作品の舞台は第二次世界大戦中のドイツで、捕虜となったフランス人のお話です。

 「収容所でフランスの兵士たちが強制収容されて捕虜になっているわけですが、士気が衰え、生きる励み、気力がなくなり、刻一刻と頽廃の気配が蔓延している。そのときに、ロベールという一人の男がみんなに、ぼくたちのなかに一人のかわいい女の子をつくろうよ、その女の子がここでぼくたちと一緒にいるということにしないか、と提案するんです。みんなが、それはいい、それはいい、ということで、女神のようにかわいい空想の女の子ができ上がるわけです。
 そうすると、その女の子の前では男らしく振舞おうと、努力するようになる。実際に女の子がそこにいるのと同じように、毎朝彼女が着替えをしているあいだ、部屋の隅に毛布を捧げて、男たちの目から彼女を隠してやる。お昼休みには彼女のために花を摘み、下品な話をすると、あの子に悪いぞ、ということになる。そうしているうちに、その子の気にいるようにしよう、その子におもしろい話をしよう、というふうに、みんなの気持ちがだんだん浮き立ってきたといういうんです。
 すると、それを見ていたドイツの兵隊が、これはおかしい、なにかあるに違いないと警戒して、あるとき、ワーッと来て、寝台の下からロッカーの中から調べた。もちろん何も出てこなくて、挙げ句の果てに、空想の一人の女の子がいることがわかり、収容所長がやってきて、その女の子を引き渡せという。実際にはどうすることもできませんね。だからぼくたちは命にかけてその子を守りますと頑張る。」

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 私が小説やマンガに求める「マンガ分」とは、まさにこの「想像のもつ不屈の生命力」なのかもしれない。それも上等で上品なもんじゃなく、雑草のごとく踏まれても踏まれてもケロッとして生えてくるあっけらかんさなのかもしれない。「で、何か問題でも?」ってなもんさ! また、「マンガ分」とは「想像力が生命を持つ瞬間」でもあると思う。今まで頭の中にしかなかったモノが現実とシンクロする瞬間が確かにあるのだ。数名のフランス人の頭の中にしか彼女は存在しないが、もう今では誰もがその存在を認めざるをえないのだ。「彼女は確かにいたんだ!」ってね。
 そういったいわゆる「マンガ分」に出会った時、私は元気をもらっているような気がします。根拠の無い、そして無償の元気だ。私にとって小説や漫画は、その元気をストックしておくための巨大なタンクなのかな、なんて思っています。

2011年08月19日

「よつばと - YOTSUBA & ! -」
Kobayasi's Blog

 どこからやって来たのだろうか、一台の軽トラックに家具を乗っけてよつばがこの街に引っ越してくるところからこの作品は始まります。
 しかも明日からは夏休みなのだ。
 よつばはまだ幼く(5歳)、学校とは無縁だが、それでも間違いなく彼女の夏休みがこの街でスタートするのである。

 この作品は、一日一話になっている(と思う)。
 ちょっと前にヒットしたアメリカのテレビドラマ「24 -TWENTY FOUR-」は、複数の出来事がリアルタイムで進行し、全シーズンが1話1時間の全24話で完結する、らしい。私は実際に見てないしファンの方と話したこともないので実際どうなのかはよくわからないのだけども、ただそれを聞いてピンときたモノがありました。あ、ドストエフスキーだ、ってね。ロシアの文学者ドストエフスキーのある作品は、その作品を音読した時間と、登場人物がしゃべったり行動したりすることを実際に測った時間とを比較してみると、それらはほぼシンクロする、というのを読んだことがあります。つまり、時間は表現できる、ということ? それってすごくない!? ま、そんなことは置いといて、この時間というものを表現しようとする作品は、小説だけでなく映画でもドラマでもマンガでも見受けられます。そしてそれらには一種、共通の空気感が生まれるのかな? こう、時間の流れがものすごくゆっくりな(逆にものすごく速いときもある)のに実に密度が濃い、というか、奥行きがある、というか・・・ 夏休みという特殊な時間と空間を表現するにはこの方法は最適なんじゃないかな、なんて思ってしまいました。
 「最も消化し難いモノは時間である」という言葉をどっかのしちめんどくさい作品で読んだ気がします。こちらも夏休みにはピッタリの言葉ではないでしょうか。でもよつばは、それがどうかしたのかとばかりにガツガツと「時間」に食らいつき、かたっぱしから消化しまくっていきます。その食いっぷりや、実に気持ちいい。見ていてスカッとするぐらいだ。向こうがこっちを全然見てないのがまたかわいい。

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■出版社
アスキー・メディアワークス社
■著者
あずまきよひこ
■内容(オビより)
 いつでも今日が、いちばん楽しい日。
 ちょっと変わった女の子よつばちゃんと、とーちゃんと、その周囲の人たちが繰り広げるささやかな日常。なんにもないところにあふれる不思議な空気。読むとなんだか楽しくなる、ただそれだけの、ちょっと普通のマンガです。


 暴走するよつばにつき合ってくれる周りの人もまた大人なんです。よつばの奇想天外な発言や行動にいちいち真面目につき合ってくれます。本当、彼女はしあわせだよなー、と思ってしまう。でも楽しいからつき合ってくれるんだろうな。よつばといると自然と元気が出てくる感じがします。

2011年08月12日

「ハチミツとクローバー」
Kobayasi's Blog

 この作品を嫌いな人っていないんじゃないかなと勝手に思っていたけど、やっぱりいるんですね、苦手な人って。いつもよく話をするアニメ好きの男性の方と、その時は何気ない会話からこの作品の話になりました。私は当然この人も好きなんだと思って話をしていたら、あらビックリ。めちゃめちゃ苦手とのこと。えーッッッ、どこがダメなんでしょう? 怒んないから言ってみなさい。
 「だって、ネクラだし、執拗だし、なんか怖いんだもん」とのこと。
 うーん、確かにそこの部分だけピックアップされると、他の作者の作品よりは強調されてるような気がするけど・・・。あ、でもさ、それだけで終わってないところが良いんだよ! だいたいネクラでなにが悪い! しつこくてなにが悪い! それを踏まえたうえで前向いていきまっしょっ、ってところをみてほしい! とその時は言えませんでしたので今度あったらガツンと言ってやろうと思っています(←ってやっぱ怒ってんじゃん・・・)。

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■出版社
集英社
■著者
羽海野 チカ
■内容(カバーより)
 6畳+台所3畳フロなしというアパートで貧乏ながら結構楽しい生活を送る美大生、森田、真山、竹本の3人。そんな彼らが、花本はぐみと出会い・・・!? 大ヒット 逆走ラブストーリー!!

 私は真山と花本先生がすきです。いいキャラしてますよね、オトコだけど。この二人の会話がまたかけあい漫才みたいで、いいオチを作ってくれてます。というか作者の描く男性ってみんな素敵だと思うんです。なんていうかこう 肉体的にフェロモンまきちらしてるってよりも、精神的支柱がしっかりしている人って感じのキャラクターが多いような気がします。なんていうかこう 気づくと頼っちゃってる、 居てくれると安心しちゃうって感じのキャラクターが多くないですか? 男前って、見た目もそうですが、こういう人も男前だなと思ってしまいます。いやこの作品も「マンガ分」 がっつり含有されてます。

2011年08月02日

意思の人 - イカルス【Icarus】の翼 -
Kobayasi's Blog

 自分の力だけで空を飛んでいるのだと思いはじめた時から、おかしなことになった。
 「この翼であまり高く飛んではいけない」と聞いていたはずなのに。

 もっと高く、もっと遠く、もっと深く、もっと速くという欲求はヒトの本能に近いのかなと思ったりします。「プラス」にも「マイナス」にも作用するという意味でもヒトらしいと思います。意思の強い人はどちらかというとその思いだけが突出してしまって、体がついていけてないイメージを私は受けます。体がいうことをきかないぐらいならまだいい。困るのは自分だけだからです。ただそれが自分の意思を貫こうと現実社会で他人を巻き込みはじめた時からおかしなことになる。意思だけが先行し、それに伴う土台ができていないというのに。そんな時、私はいつもあるイメージが頭に浮かんでくるのです。「試験管の中で生きているヒト」だ。そしてこのヒト達は、いくら優れていても、割れたら、死ぬんだろうな、と思ってしまいます。ヒトは、体に縛られている方が正しいのだろうか?なんて考えてしまいます。

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 ちなみに、私は今だに「株」というモノが理解できないのでなんともいえないのだけれど、同じような危うさを感じるのですが・・・ ま、私が心配性なだけなんでしょうね。せめて割れないようにと願っております。

2011年07月26日

「マルコムX自伝」
Kobayasi's Blog

 アメリカの黒人解放運動指導者のキング牧師とともに紹介される彼は今だに無法者扱いだ。アメリカ以外でも銃乱射事件のニュースを見たりすると、彼がその銃弾に倒れてからいったい何年が経ったのだろう、彼のメッセージはなぜ届かないのだろうかと考えてしまいます。銃は家族を守る時に使うものだというのに。

 ちょっと脱線しますが、ハリウッド映画は必ず「家族の絆」を - どんなかたちであれ - 入れないとヒットしないと聞いたことがあります。私自身ハリウッド映画にはまっていた頃も、このテーマはこの映画では必要ないんじゃないかなと感じる作品もありました。だからこの自伝を読もうとした時に、冒頭で妻と子供に対する敬意の言葉から始まったときは正直読むのをやめようかと思いました。でも、彼の最後の最後まで - 本当の意味で - ともに歩んでくれたのは、教団の仲間でも尊師でも神でもなかった。妻ベティだ。彼女はマルコムと出会った頃から、また彼が教団から追いやられるときも「ベティはなにもいわず、妻としての心の広さと底知れぬ理解力で受けとめてくれた。それに包まれ、私は元気づけられた。」と素直に告白しています。時には現実として起きることに泣きながら彼にぶちまける時もあったでしょうが、彼女はいつも颯爽としている印象を私は受けた。

 彼の自伝に「 ある国の倫理的長所短所が、女性 - とくに若い女性 - の街頭での態度と服装で容易に推測できる 」とあります。自分なりには「その国の文化レベルを知りたければその国の女性を観ればいい」と解釈していますが、彼からそんな科白が出てくるのはビックリすると共に当然なのかもしれないと印象深く思いました。自伝の中でも告白しています。「 妻だけが私をわかってくれた。これほど女の強さを当てにしようとは、かつての私なら想像もしなかっただろうが 」なにせネイション・オブ・イスラム教団において父親とは家族の手本になるべき立場にあるのだから。だから朝起きるのも一番に起きないといけないんですよ。

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■出版社
河出書房新社
■著者
マルコムX
■内容(Amazonより)
 マルコムX自身が死を予感する中で「ルーツ」の著者アレックス・ヘイリィに語り綴られた異色の自伝。

 「腕時計をしない人を私は信用しない」的なことを書いていたと思います。改めてオリジナルの文章を読み返そうとしたのだけど、どこにあるかがわかりませんでした。なので間違ってたらごめんなさい。でも言いたかったことは、時間を守らない人を信用しろといっても無理な相談だ、って事だと思います。ケイタイであったりスマホであったりiPhoneであったり、時間を確認する道具は他にもいろいろあるご時世でいまさら腕時計でもないと思います。でも私はそれを読んで以来 腕時計をするようにしています。それぐらいならなんとかできそうなので。

2011年07月19日

「安土往還記」
Kobayasi's Blog

 私は色んなジャンルの本を読むことが好きなのですが、それでもその内容は偏っていると思います。中でも歴史物には触手が動きません。偏食は人生を損させていると思っていますが、どうにも読む気にならないのです。なので司馬遼太郎の作品もいまだに読んだことがありません。今回紹介する作品はそんな私が唯一所有している歴史小説です。もし著者が辻邦夫でなければ決して読まなかったと思います。

 私には明智光秀のいわゆる本能寺の変というのが不思議に感じるのです。なんでこの人、急にキレちゃったんだろう? 私は歴史が全く詳しくないので、本当はなるほどと納得させられるような説明が世間にはあるのかもしれないのですが、私が見聞きしている範囲では、怨恨説が多いように思われます(えー、ほんとにそうなのかな? そう思わされてるだけじゃないのかな?誰かに。尾ひれが付きすぎてない?)。また彼も男性である以上、てっぺんになってみたいというシンプルな欲求もあったかもしれない(朝廷がバックについていたとする見方もあるそうですが、虎の威を借る狐のようなことをよしとする人なのかな?)。でもそれ以上に彼は戦国時代を生き抜いた名将なのに、と思ってしまいます。清濁併せ呑む度量はきっとあっただろうし、損得の計算はシビアであったに違いないと思います。それでも行動を起こしたってことですよね? だから金やプライドやしがらみの為だけではないという事なのかな? だから本当はもっともっと単純な理由だったりするんじゃないかなと思うのですが、でもそれら以外で納得できる理由ってなにがあるのかなあ、なんて思ったりします。

 こんな私の疑問に著者はある仮説を提示してくれている。その仮説はあまりにも単純で人間くさくてこどもっぽい理由だったので、かえって私はホントにそうなのかもしれないと今でも信じていたりします。ただその理由をここには書きません。それだけでは明智光秀があの行動を起こしてしまった説明にはならないと思うからです。それはあらゆる関係の中でその座標にあってはじめて意味が発生するタイプのものだから。もしくは積み重なってはじめて意味が生まれるタイプのものだから。終焉に向かってあらゆるものが勢いを増しながら収束していくストーリー展開はやはり歴史物の醍醐味なんでしょうね。

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■出版社
新潮社
■著者
辻 邦生
■内容(カバーより)
 争乱渦巻く戦国時代、宣教師を送りとどけるために渡来した外国の船員を語り手とし、争乱のさ中にあって、純粋にこの世の道理を求め、自己に課した掟に一貫して忠実であろうとする ”尾張の大殿(シニヨーレ)” 織田信長の心と行動を描く。ゆたかな想像力と抑制のきいたストイックな文体で信長一代の栄華を鮮やかに定着させ、生の高貴さを追求した長編。文部省芸術選奨新人賞を受けた力作である。

 これは日本人とは全く関係のないイタリアの船員の目線を基準とし、それぞれの登場人物がそれぞれの譲ることのできない事情の為にある結論に収束していくしかなかった「織田信長」を中心とした一時代を読むことができます。もちろんその収束は「本能寺の変」です。それは不可避であると考えられる。逆に言えば、こんなことが起こると分かっていながらお互いそれを回避することができなかったと言ってもいいかもしれません。きっと織田信長も明智光秀も本能寺では他人事みたいに涼しげな顔をしていたのではないだろうかと想像してしまいます。
 そしてこの緻密な物語を描くことができるのは、辻邦生以外いないんじゃないかとも今だに思っています。

2011年07月14日

愉快なプロレタリア
Kobayasi's Blog

プロレタリア【(ドイツ)Proletarier 】
1:古代ローマの最下層の市民。
2:資本主義社会において、生産手段を持たず自分の労働力を資本家に売って生活する賃金労働者。またはその階級。無産者。⇔ブルジョア。

 これらをテーマにしてきた今までの作品というのは、どうにも辛気臭い、というイメージがありませんか? でもその代表作とも言うべき「蟹工船」なんかは最近では再度読み直されていたりするそうです。

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・・・不況の今とシンクロするところがあります。現代でも企業は利益を上げる一方で、労働力を非正規雇用者に頼り、パートやアルバイト、契約社員、派遣社員を最大限に活用するものの、労働者の立場を保全することなく、売上が落ちれば人員整理を行って自社の利益を守るなど、人を人として扱っているのか疑問になるような状況も散見されます。うんぬんかんぬん・・・
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 だーっっっっ!
 うっとうしいっつーの!

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 プロレタリア系の作品を読んだりすると、いつも感じることがあるのです。なぜこう辛いことばかりを書きつらねるのだろうって。普通に生きてても辛いことが多いのだから、そんな事を改めてピックアップしなくてもいいように思うのだけど。また比べる相手がブルジョアではそもそも意味がないでしょう。ブルジョアにはなれないのだから。比較してばかりじゃ前向きになれないと思います。だから逆にプロレタリアじゃないとこの楽しさはわかんないよね、なんていう作品が出てきてくれるとおもしろいと思うのですが。
 ちょっと話が飛躍しますが、芸術とその類似品との決定的な違いは、それが始点なのか終点なのかの違いかなとひそかに思っていたりします。始まりのベクトルを表現しているから惹きつけられるのかな? なんてね(ベクトル:方向を持つ量のこと)。そしてその量はプロレタリアはブルジョアの比では無いように思うのだが、どうだろうか。

2011年07月07日

「ぼくんち」
Kobayasi's Blog

 どうしてもこの作者の作品は、嫌いな人が多いみたい。毛嫌いされていると言ってもいいと思う。一言でいって「下品」だから嫌だ、と。私は偶然だけど「ちくろ幼稚園」(当時 週刊ヤングサンデーに連載)から読んでいたりする。なので、その当時の印象が強いからなのか、彼女が暴れれば暴れるほど、作品が荒れれば荒れていくほど、切なくなってくる。「ドアの蝶つがいはキシめばこそ油を注いでもらえる」という言葉があります。それを思い出してしまうのだ。彼女が必死でノイズを作り出している姿をイメージしてしまうからだ。でももちろんそんなおセンチなこと作者には言えません。逆にしこたま説教されそうなので。

 It's a good day to die.(今日は死ぬにはいい日だ)

 日本風に言えば、ネイティブアメリカンのことわざです。あまりにも有名で独り歩きしてしまっている言葉なので、その意味するところは、色んな解釈が存在します。どれが正しいかなんて無意味だと思いますのでここでは放っておきます。ただこのフレーズを触媒として化学反応している作者の言葉があります。働け・勝手に死ぬな・だますな だまされるな、って言われてるのかな? 彼女の作品は、空を見上げるシーンがとても印象的だ。

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■出版社
小学館
■著者
西原 理恵子
■内容(Amazonより)
 どんなに貧乏でも明るく生きるための絵本。ぼくんちにはとうちゃんがいない。かあちゃんもいない。でもぼくらは生きている。にいちゃんとぼくとで生きている。毎日がとっても大変だけど、きっと明日も楽しく暮らせると思う。絶対そう思う。

 なあ、おばあちゃん。
 人は生きててな、
 どこまでがしんどくて、
 どこまでがしあわせなんやろか。

 そらカンタンや。
 食わせてもろてるうちがシアワセで、
 食わせなならんなったらしんどい。
 そのうちええ天気で空が高うて、
 風がように通る、
 死ぬのにちょうどええ日がくる。
 それまでしんどい。

2011年06月29日

「笑う大天使(ミカエル)」
Kobayasi's Blog

 前もって言っておきます。今回はようだいばっかりです。ま、今回ご紹介する著者の作品に対する形容詞に「哲学的ですらある」とあるくらいですから。私も多少へりくつを言ったとしても今回は少しばかりおつきあいを。

 なにか私の柄ではないが、愛情という単語は本当に忙しい言葉だなー、と思ってしまう。試しに私の手元にある辞典で調べてみると、「異性を恋慕う心」と「可愛がる気持ち」・「哀れむ気持ち」とある。ということは例えば女性が、きゃーっ! OOO の XXXさんって ステキ(はあと)って言ってる状態と、赤ちゃんや小さな子供や犬・ネコにみとれてしまう状態と、相手の気持ちと自分とを同期させている状態を「愛情」って単語が一手に引き受けているんだもの。ほんと、忙しいよねえ。
 ちょっと脇道にそれますが、少女漫画は性衝動の漫画だ、と書かれているのを読んだことがあります。だから少女漫画では恋が外せないのだ、と。おいおい、それまた極端な意見だなと思っていましたが(ただその方は女性で、その意味するところは男性のそれとは異なることが前提だと思いますが)、でもひょっとして、この「性衝動」含有率が愛情という言葉を可逆変化させているんじゃないだろうか、なんて最近思っていたりします。含有率が多い順にいえば「異性を恋慕う心」>「可愛がる気持ち」>「哀れむ気持ち」の順番になるのでしょうか? もちろん「愛情」という言葉は「性衝動」だけで構成されているわけではなく、その他もろもろの構成成分で形成されていると思います。例えばその「愛情」が形成されるのに必要な全体量は常に一定だと仮定すると、「性衝動」が増えれば何かが欠落し、減れば何かが足されていくのだろう。「満たされない」という抽象的表現はここからきてるのか? なんて想像してみたりします。だとすると「愛情」という言葉の前に色んな事象が起こるのも無理のないことですよね。

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■出版社
白泉社
■著者
川原 泉
■内容(カバーより)
 史上最強の名門お嬢様学校、聖ミカエル学園に学ぶ3乙女。元・伯爵家の血をひく司城史緒、名門大名華族出身の母を持つ斎木和音と一大レストラングループ総帥の令嬢更科柚子。彼女たちはお互いの本性を知らぬまま、それぞれに猫をかぶり続け、良家の子女然としたうるわしい学園生活を送っていた。ところがある日、柚子と和音は裏の林でこっそり庶民の味「アジのひらき」をくわえている史緒を目撃してしまう!? 川原教授の傑作ハイセンスコメディシリーズ!!

 長い前ふりになりましたが、川原 泉の作品はどれも愛情てんこもりの作品で、読んでいてじつにほっこりした気分にさせてくれます。著者の代表作といえば「笑う大天使」だと思っているので今回のタイトルに持ってきましたが、著者の作品は共通してこの愛情がたっぷりと含まれています。それも「性衝動」含有率が非常に少ないタイプの愛情で貫かれています。作品を読んでもらえば分かると思いますが、登場する女性は女性らしいスタイルやルックスをことさら強調するようには描かれていません。しかもやたらと弁がたってくどくどと説教にも近いような科白をくちばしります。それでいて面倒見がよく世話好きだったりします。ほんと、おかんか、お前は!ってつっこんでしまいたくなるようなキャラクターばかりなのです。では「性衝動」が少ない分、いったい著者の「愛情」には代わりに何が含まれるのでしょうか? だから、なのでしょうか。著者の漫画には様々なシチュエーションが登場します。SFあり、学園ものあり、スポーツものあり、歴史ものあり、etc.etc. それはあたかもどんな状況であっても最後まで「愛情」に残る必要最低限の構成成分は何か? これが無くなれば「愛情」ではない、という元素を逆に探しているかのように感じるのです。
 また著者のキャラクターは、実によく働きます。学生なら当たり前のように勉強します。それも友人のために、家族のために。それについて改めて問いただせば「自分の為にしているだけだ。なにか問題でも?」と言われるんだろうな。何かを求めようとする時、自分の定位置をどこに設定するかは非常に大事だと思っている。著者の定位置は「庶民」かな? 自分は特別な存在などではなく、誰かにとって変わられる程度の存在でしかない。もっと言えば「私は私でなくてもいい」というのが著者の定位置じゃないかなと思っている。とはいえ、この自分を少しでも必要としてくれる人が一人でもいたとすれば、著者はなにを感じるのだろうか。そしてこの「愛情」になにを足そうとするのだろうか。

2011年06月22日

始点と終点
Kobayasi's Blog

 私には高校時代にTという友人がいた。残念ながら彼はすでに他界してしまっている。
 彼は私に「親が子に自分の夢を託すのは間違っている。自分は、親のオモチャではない」 そんなことをよく口にしていた事を思い出す。それと同時に「自分をあてに老後を考えるのはやめてほしい」とも言っていたように思う。彼は名古屋の大学に進学し、たまに高知に帰ってきては私達と飲みにでかけた。高校時代はオタクなバカ話ばかりしていたが(彼は特撮モノが好きだった)、大学生になってからはお互いあまりしゃべらなくなっていた。たまに会っても元気か?ぐらいしか言葉を交わさず、代わりにひたすら飲んでいたような気がする。風の便りに彼は名古屋でバイトを重ね、親からの仕送りを当てにせず暮らしているらしかった。私はといえば、相変わらず高知から離れず、バイトもし、就活もするが、毎日両親のいる自宅に戻っていることに、何故か彼とは遠く離れてしまったような気分に陥ることが多かった。

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 社会人になって数年が経ったある時、高校時代の友人から急に電話がかかってきて「 Tが死んだらしい。葬式も終わっているが、自宅に行ってお焼香をあげにいこう」と電話越しに言われた。Tの自宅近くの電機屋さんの駐車場に皆で集合し、私の車に乗りあってTの自宅までいくことになった。その車中で「つつむお金は新しくないほうがいいんだよな? こういう常識って、あんまり知らないんだよな、オレ」と言っていた友人の言葉が印象的だった。自分だってそんな常識知りたくもないと思いつつ、私も財布を彼に渡して再度包みなおすようにお願いした。
 彼の自宅ではとっくに葬式も片付いており、まったく間抜けな弔問客の私達を彼のご両親は招いてくれた。「あの子の友達がきてくれるなんて・・・」と母親は声を抑えてつぶやき、奥の部屋へと導いてくれた。位牌の写真が高校生時分の丸刈り黒ブチメガネの写真だったので、私は思わず吹き出してしまった。おいおい、ここまできて笑いを取るか! お前は!

 その後はお互い型通りの挨拶をし、それを済ませてしまうと特にこれといってすることも話すこともなく、ギクシャクした会話をしながら、私は出された料理をただ黙々と口に運んでいた。私はTとは高校からの友人だが、その場にはTの幼馴染がいて、彼とTの両親との会話を聞くことができた。私はTが両親と仲が悪いのだとばかり思っていたが、どうもそうではなかったようだ。もちろん仲睦まじいとまではいかないまでも、会話をする時はいつも敬語を使ってTは話をしていたそうだ。なんかちょっとだけ安心した。少なくとも当てつけに死んだのではなさそうだったからだ。
 帰りがけの車の中で友人が、「アイツは親にも気を使っていたんだなー」と言っていたのをなぜか今でも覚えている。なるほど、そうゆう見方もあるんだな、と思ったからだ。

2011年06月14日

「男おひとりさま道」
Kobayasi's Blog

 一人暮らしというのは誰しも一度は憧れるのではないだろうか。多くは親元を離れて生きてみたいというごく当然な感情から発生することが多いのではないかと思う。その理由としてはありふれているが進学や就職が手頃であろう。それを言い訳に家を出てみたいという願望を叶えるのだろう。
 ただし、誰もがそれを実現できるわけではない。金銭的なことや、世襲的な家柄の理由で家から出られない人だっている。私の高校の頃の友人は高知の帯屋町に昔から店を構えている長男だったので、高校を卒業したら店に入るのだと大学受験に振り回されていた私に漏らしたことがある。そんな私は、生まれも育ちも進学も就職も高知だったので、本当の意味での一人暮らしをしたことがない(なんちゃって一人暮らし というのは就職してからですが2年ほどしたことがあります)。
 だが残念がることはない。人は必ず一人暮らしができるようになっているのだ。そう、年を重ねて行けば、両親は間違いなく自分より先に他界することになっている。煩わしいと思っていた親族との付き合いも両親がいればこそ強要もされようが、それよりも親族の方が先に他界する可能性だって多いにあるのだ。会社からも社会のしがらみからも開放され、本当の意味で一人暮らしができるのだ。ただ残念なことにこれを実現するには知っておく事が二つある。ひとりではひとりでに時間はつぶせない事と、死のイベントはひとりでしないといけないという事だ。

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■出版社
法研
■著者
上野 千鶴子
■内容(Amazonより)
 死別・離別・非婚シングル、老後に生きる道はあるか。在宅ひとり死はこわくない。

 この作品の中でAV男優の二村ヒトシの言葉が紹介されている。
 「居場所とは、ひとりでいてもさみしくない場所のことである」と。
 言い得て妙であると思うのと同時に、生活をしていく上で大事な考え方だと思う。そうとはハッキリ言わないが「自分の居場所がない、ひとりでさみしい」という感情にときたま接することがある。でもそれって、おかしくない? と感じてしまうのは私がおかしいせいなのでしょうね、きっと。
 ま、そんな事は放っておいても、いかに男おひとりさまが、要介護になっても、単身で在宅で暮らせるか・死ねるのか? この本では「可能である」として「どうすれば」「何が必要か」を考えている。ちょっとズレるが、現実問題として介護保険の在宅支援サービスを利用しようと思ったら、同居家族がいたり夫婦が揃っているばかりに利用できなかったりするらしい。簡単に言えば、ひとりでいる方がサービスを受けやすいのが現状だそうだ。あと、自ら進んで老人施設に入ろうとする人は殆んどいないという事だ。入るのではなく、入れられるという事らしい。著者は皮肉交じりに書いている。

 いざとなればコンビニの弁当があるではないか。
 え? 3食コンビニ弁当を食べるなんて味気ない、ですって?
 そんなことはない。施設に入っても、あてがいぶちの給食を食べさせられるのは同じではないか。有料老人ホームだって同じだ。まだコンビニ弁当の方が選択肢がある!

 つまり、よっぽどのことがない限り、ひとりの方が生きやすかったりするのか? なんて思ってしまう(もちろん認知症にも寝たきりにもならないことが条件にはなるのだが)。「孤独死」と「ひとり死」はまったくと言っていいほど別物である。でもそんな死に方が当然のように選択できる社会って、逆にどんな社会になるんだろう? それはそれでなんか欠落しているような気もしますが。

2011年06月08日

「「死への準備」日記」
Kobayasi's Blog

 彼女は理性的で合理的な観察者であろうとした。
 「ただ死なずにいることと、生きることとは同じではない。何もしないで寝ているだけなら、生きていることにどういう意味があるというのだろう」これが五体満足の学生の言葉なら感傷的にもなろうが、癌に侵され、死が確定した社会人の言葉であれば、それに耳を片方だけでも傾ける価値はあると思う。そして、その考え方はすべてに徹底される。手術の為に患者を病院で待機してもらう行為に対して、本当に時間のない人間から時間を奪ってどうするのだと叫び、病気の時はゆっくり休みなさいといえば、癌は休んでいれば治るのか?! やりたいことに専念しなさい ではないのか! と吠えます。
 私はこの人の - なんと言えばいいのでしょう - かわいた感じの感情が大好きです。すべてが合理的で理性的で、なにより常に前向きだ。そして「負の感情」を徹底的に認めようとしない強さが大好きだ。
 でもそんな言い方をされればカオをしかめる人がいるとは思いますが、彼女の生きたニューヨークという町は日本でいうところの国民保険がなく、高い治療費を稼がなければ病院にいけない国にあるのだ。彼女は自分の癌と戦う為にそれにおいてはアメリカ最高峰の病院で治療を受けようとしているのだ。もちろん自らの稼いだお金だけで。その為に彼女は文字通り死ぬまで働かなくてはいけない。働けなければ死ぬのみである。彼女には親の待つ日本に帰国するという手段もあったはずだが、それを拒否し、そのどこが間違っているのだとばかりに、自らの死を全面的に受け入れる。「コンスタントに仕事があることに感謝する。毎日取り組むべき仕事がなかったら、どうやってこの闘いを生きることができるだろう。」もちろん金銭的なことと精神的支柱として、という意味だと思っている。そして本当に仕事をしながらこの世を去るのである。

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■出版社
朝日新聞社
■著者
千葉 敦子
■内容(Amazonより)
 がんと闘いながら、ニューヨークでフリーランス・ジャーナリストとして執筆活動を続けていた著者が、三度目の発病とその治療の経過、日々の暮らし、アメリカ情勢への所感などを、死の二日前まで書き綴った日記。迫り来る運命にも目を逸らすことなく、いっそう強靭に自らを燃焼させ続けた姿は、「生きる」ことの意味を深く問いかけて感動を呼ぶ。

 それと同時に、彼女は生きることを積極的に楽しもうとした。
 病気であろうともクリスマスには友人と一緒に買い物をしてから映画館に赴き、その後にディナーを楽しむ(もちろん風邪をひき死ぬかもしれないと覚悟のうえで)。またある時には、友人がおせち料理をサプライズで届けてくれた。とても一人で食べ切れる量ではないので、なんと彼女は友人に電話をしまくって、急遽、参加者6名足らず、開催時間わずか2時間のパーティーを開くことにこぎつけたのだ。ホステスとして、彼女は友人達に心を配る。テーブルの上を片付け、テーブルクロスをかけ、花とロウソクを飾り付ける。そして来てくれた友人達にわずかでも楽しんでもらおうとする。日常生活でもそうだ。花をいけ、香り高いスープを作ろうとする。鼻も効かず、味覚も失われ、立つことすら苦痛であるのに、自分の食事を自分で作るために台所に立とうとするのである。これが癌末期の病人のする事なのだろうか。もちろんそんなことを彼女の前で言おうもうのならありとあらゆる罵詈雑言が返ってくるだろう。貴方とは話すことが何もない! 出て行ってください! 私の時間を奪わないで! ってね。

 そんな彼女に謝りながら、話題を変えようとする。
「ところでさ! 最近心踊るような事があったかい?」
「もちろん! 私、引越ししようかと考えているの。引越しって、私、大好き。」
 おいおい、・・・ここまで来て、本気ですか? でも、もちろん彼女には悟られてはいけません。笑顔で応えましょう。「それは素晴らしい!」

2011年06月01日

農学部の思い出
Kobayasi's Blog

 別に無口ではないのだが、人は口に出さない事もある。それが何なのかは人によっても違うだろうし、年齢だったり人間関係だったり環境の変化だったり、社会的立場が関係しているかもしれない。もっと複雑かもしれないし至極単純かもしない。人は誰しも言いたくない事や口にするまいと心に誓っていることもあるだろう。あいにく私はそういったことに気づいたりできる人間ではないので、そんな内容の話を聞いたりすることがあまり無かったりする。無論、相手だって私みたいな人間に言いたくもないだろう。他人のそういったものを知ったうえで黙っているのもまたしんどいことなので知らないほうが気が楽でいいやぐらいに思っている。ただ、聞けてよかったと思える出来事に遭遇することもある。

 私が大学生の時ですが、農学部生として師事していたある教授(A教授とでもしときます)が自宅を新築されたということがありました。皆でお祝いを持ってお伺いしたことがありますが、もちろん片手には酒瓶が握られております。今思えばA教授にしてみたら迷惑な話だったと思いますが、その時は快く出迎えてくれました。当然、そのまま飲み会に突入です。
 当時はバイオテクノロジーという言葉が流行ってまして、高知大学農学部にも遺伝子実験施設なるものも設置されるような時代でした。それ自体はいい事だと思いますし必要な事なのですが、一部の「食料自給率なんて考えるのはナンセンス」的な風潮を強める要因にも同時になっているような気がしてなりませんでした。「買ってくればいいじゃないか」と言わせている理由がそこにあるのではないかという事です。それに対する危機感を少なくともその新築祝いの場に集まった学生達は大なり小なり持っていたと思います。どうしてもそういった内容の話になってしまいます。お酒もかなりまわってきており、そんなときA教授がボソッと漏らしたことがあります。

 アレだけでは人を食べさせていけない。

 私にはそれがとても印象的でした。かっこよく言えば、今までもこれからも支えていくのは自分達だというゆるがぬ自負を感じました。自分達が必要なものは自分達で作り出す。テクノロジーがどうだとか、時代の最先端だからなんて、別に構うことではないんじゃないの? って言われたような気分でした。

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 あと、もう一つ。今回おじゃましたもうひとつの目的は、A教授の書斎を拝見するためなのです。先生の研究室はいつ行っても本や実験機器などがキチッと整頓された部屋だったし、以前から次の家では自分の書斎を持ちたいと言っていたし、これはぜひ御自宅の書斎を見てみたいものだと思っていました。とはいえ、そんな出歯亀根性も持ち合わせていないので言い出せないままでいると、なんと先生の方から書斎を見ていかないかとの提案が!(今思えば「見せて欲しいオーラ」が出まくってたかもしれません。すいません。)詳しくは書きませんが、実に日当たりがよくて開放的な印象の書斎で、皆で感心しきりだったのですが、これまた先生がボソッと言われました。

 書斎は日陰の方がいい(集中できるかららしいです)。

 お酒の飲み会に有意義なことがあるとすれば、普段ならしゃべらない事をふと話してくれることがある、ということではないだろうか。なにしろ今でも覚えている事を、しかも同時に2個も聞けることだってあるのだから。

2011年05月25日

「とりぱん」
Kobayasi's Blog

 私が知っている「正岡 子規」は、ある漫画で紹介されていた「仰臥漫録」の解説文「病牀六尺のちっぽけな世界にあっても意識は宇宙にまで飛翔させ得るという精神」と 俳句「鶏頭の 十四五本も ありぬべし」で全部だったりする。その程度の知識しかないのですが、それでも「正岡 子規」といえば私の中では「すごい人」なのです。その想像力のすごさに驚かされます。
 閑話休題
 今回の作品「とりぱん」もものすごい想像力をベースにしてヲチ(ウォッチングのこと)しまくります。岩手県のあるベッドタウンをベースに描かれている作品のようで、その内容は北東北の生活を紹介しながら鳥を中心にイヌやネコに花や虫・そして人間を観察対象とし、独自の目線で描かれる4コママンガなのです。いや、これはかなり強烈です、最強の部類に入ります。だってただのバードウォッチングの4コマ漫画だぞ? 別にどこか奥地に出かけて珍しい鳥を紹介するわけでもなく、あくまで自分ちがベース。漫画の中で紹介されるスペースなんて自宅の庭か近くの公園かスーパーか駐車場とかぐらいしかないんだぞ? どこをどうすればこれが漫画になるんだ? すげえ、すごすぎます。どんだけな想像力を持っているんでしょうか?この作者は...。

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■出版社
講談社
■著者
とりの なん子
■内容(Amazonより)
 野鳥・家庭菜園・猫・方言から、わんこそばやカマキリや夕焼けやガスタンクまで、“日常”のすべてをネタに綴られる北東北ベッドタウン・身の丈ワイルドライフ!

 ちなみに作者は家庭菜園もしています。この作者なのでどっかの雑誌や番組みたいにおキレイな内容でないことは分かってもらえると思います(いわゆる、描いても描かなくてもどうでもいいことだけをチョイスして描いていきます)が、中でも農学部出身の自分としてはよくぞ描いてくれたと思ったシーンがあるのです。

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 よく こんな風景(一般的な田園風景)を見て、「わあー 自然がいっぱーい」と言う人がいるけど(...作者は叫びます!)

 田んぼや畑は「自然」じゃねえ

 去年 仕事場の庭を畑にしようと思ったとき 「うーむ まずは草むしりしないと」
 がっ 甘かった
 それは草むしりどころか むしろ土木工事に近かった
 荒れ地と畑は「石畳」と「布団」ほどにも違うと思い知った
 だから私の自慢は畑の作物よりも このフカフカの畑そのものなのだ

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 ひねくれた私も書かせて欲しい。京都や奈良にある神社仏閣や、首都圏にある最先端の建造物と、高知の田んぼや畑やビニールハウスの何が違うと言うのだ!
 あれ? 誰もそんなこと言ってない?
 失礼しました〜。

2011年05月18日

「田舎暮らしはつらかった」
Kobayasi's Blog

 スローライフという言葉が一時期流行っていましたね、そう言えば。今でもあるのかな? ロハスなんて単語もありましたね。農学部出身の自分としては興味のあるカテゴリなので面白そうな本や番組などはとりあえず見るようにはしていたのですが、どうにも私には同期できない内容ばかりだなーという感じを受けていました。なーんか、違うんですよね。TVや雑誌なんかを通してみていると、見ている方と見られている方の視線の先が違うようなイメージを受けるのです。実際田舎暮らしを紹介している雑誌などを手にとっていくつか読んでみたりもするのですが、そして素敵だなーと憧れてしまうのですが、でもどうにも同期できないのです。ウソくさいと言えば大げさですが、何か肝心なことがそこには欠落しているように感じるのです。そこに書かれていることは間違いなく事実なのでしょうが、そこに至るまでに一体何があったのかがスパッと切り捨てられてるように感じるのです。

 そんな時、今回の作品をこれまた偶然本屋で見かけました。最初はまた似たような作品が出版されていると思いスルーしていたのですが、テーマがスローライフであること・高知県出身の方が書いていること・舞台が高知であることから、思い直して買って帰りました。失礼ながらちょっと期待はずれでも「ま、いっか」なんて内心思いながら。

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■出版社
ロコモーションパブリッシング
■著者
渡辺 瑠海
■内容(Amazonより)
 憧れのスローライフとは言うけれど、1200万人都市・東京を離れ、突然人口密度100人の田舎に引越したオンナひとりと犬一匹。農道、昆虫、宝くじ、迫り来るカルチャーギャップの試練、また試練。土佐の高知を舞台に繰り広げられる『地方の時代』爆笑顛末記。

 でもね、この作品には私が読んでみたいと思っていた内容が大盛りでした。そう! 田舎で暮らすことは不便で大変で素敵なことなんじゃないんだ! 多種多様な虫と戦い、いつまでたっても時間どおりこないバスと人に諦念し、押し倒されそうな太陽のプレッシャーにも耐えなければいけない。また高知特有な話をすれば毎年大なり小なり台風が通過する。どんなに手塩にかけた畑があっても一日で全滅なんてことも経験しなくてはいけない。「下から雨が降る」という高知の夏の雨を経験しなければ、なぜ高知の道路の脇に排水溝がゴマンとあるのか理解できないだろうし、皆がサンダルを履くのかも理解できないだろう(最近はcrocsというオシャレなアイテムのおかげであまりお目にかからなくなったが)。なぜ他の作品はこの書いても書かなくてもどうでもいいことをスッパリ切り捨ててしまうのだろう? それこそが読んでみたい内容だというのに! 田舎暮しに対する憧れを現実というパワーショベルでもってバキバキに叩き潰され、憧れの田舎に住みながら実際には部屋のカーテンを締め切って外の景色が目に入らぬようにして仕事だけに没頭してしまうという矛盾する行為をとってしまう程追い詰められる作者がとてもかわいらしくてしかたがありません。作者曰く「田舎不適応期」の悶々とした葛藤が次々と綴られ、田舎暮らしに適応しようとするその苦悩が存分に書かれています。いやー、久々に読んでいて気持ちいい作品でした。

2011年05月12日

ここ最近読んだ本のことを少し
Kobayasi's Blog

 なんか最近 - 土佐弁でいうところの - ようだいの多い話ばっかりだったような気がするので、ここ一年くらいの間でおもしろかった本をちょっとまとめて今回は紹介してみようかなと思います。かなりアトランダムでまとまりがありませんが、それはカンを頼りに本屋をさまよいながら本をチョイスしているので仕方のない事なのです、はい。
 基本、自分はハッピーな作品が好きです。あと同じ作品を何度も繰り返し読む方なので、なんかの干物みたいに噛むほどに味が出てくる - 読むたび見方が変わるような - ちょっと味の濃い作品が好きだったりします。とはいえ、「なんとか賞 受賞作品」なんてのは意地でも読んでやるもんかと頭から思ってたりしますので、かなり地味な作品を選びがちになってしまいます。いやまったくめんどくさい奴ですね、私って。ま、そんなもんなので、どちら様もよろしくお願いします。


まづは漫画から。


「けいおん!」

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■出版社
芳文社
■著者
かきふらい
■内容(Amazonより)
 メンバーは全員かわいい女の子! でもほぼ全員ボケ担当! 全くの楽器初心者の唯が入部して、なんとか出発できた軽音楽部。とりあえず海合宿してみたり、あわてて顧問を探したり…。ゆるやか部活4コマ、いざ演奏開始です!

 アニメはOKでも漫画はNGって方もいる作品ですが、私は漫画のほうが好きだったりします。ムギ好きな方は4巻は読んどかんといかんでしょう(表紙の子のことです)。


「晴れのちシンデレラ」

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■出版社
竹書房
■著者
宮成 楽
■内容(Amazonより)
 超庶民派お嬢様のハラハラギャップ生活 ♪ キレイ…だけどちょっぴり逞しいそんなお姉さんは好きですか…?

 「庶民出がお嬢様学校に転校する」という少女漫画ではわりと定番のテーマなのですが、主人公がSuperすぎます。というか一般人じゃなくてもここまでSuper and Perfectではありませんから。かなり強烈なチャームを振りまいて、あばれまくります。もちろんかなり男前です(笑)。


「てるてる天神通り」

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■出版社
角川書店
■著者
児玉 樹
■内容(カバーより)
 ここは日の丸町の天神通り商店街。6年ぶりに帰ってきた天志は、いきなり新・町内会長に任命! しかも町内会長の証のバッジをつけると「福の神」の姿が見え、神通力も使えてしまうというから、さあ大変! 天志は”商店街の平和”を守るため日々奮闘することに...。ちょっぴり不思議なハートフル商店街コメディ。

 私の中で今年一番注目の漫画家さんです。基本的に同じ作家の本は続けて買わないことにしているのですが(それしか読まなくなるので)、この方の作品だけは別です。多作な方ではないみたいなので全作品を一気に網羅するのは大したことではないのですが、久々に全作品を読んでみたいと思ってしまいました。今回の作品は作者初のオリジナルストーリー漫画との事です。


「ひまわりさん」

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■出版社
メディアファクトリー
■著者
菅野 マナミ
■内容(Amazonより)
 学校のまん前に建つ古くてちいさな本屋さん「ひまわり書房」。店主の「ひまわりさん」がいつでも迎えてくれるその書店に、今日も誰かが尋ねてくる…。本と本屋に集まる人たちをめぐるハートフルストーリー。

 最近読んだ本の中では一番クセのない実に素直な漫画です。でも何回でも読ませる魅力があります。舞台が本屋さんとのことで興味があり、気になっていたのをいつもの本屋で見かけました。なかなかゆるりとして良い感じです。


次は活字から。


「走ることについて語るときに僕の語ること」

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■出版社
文藝春秋
■著者
村上 春樹
■内容(カバーより)
 もし僕の墓碑銘なんてものがあるとしたら、[ 少なくとも最後まで歩かなかった ]と刻んでもらいたい ―1982年の秋、専業作家としての生活を開始したとき路上を走り始め、以来、今にいたるまで世界各地でフル・マラソンやトライアスロン・レースを走り続けてきた。村上春樹が「走る小説家」として自分自身について真正面から綴る。

 村上春樹の悪口を言うとすれば、彼の作品を読むと他の人の作品が読めなくなる、という事でしょうか。個性強すぎです。でもこの作品は村上春樹好きなら読んでおいて損はないと思います。


「パイナップルの彼方」

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■出版社
角川書店
■著者
山本 文緒
■内容(カバーより)
 都会の片隅でひとり暮らしをし、父親のコネで入った信用金庫で居心地のいい生活を送っている平凡なOL・鈴木深文。上司や同僚ともそれなりにうまくやっていたが、ひとりの新人の女の子が配属された時から、深文の周りの凪いでいた空気がゆっくりと波をたて始めた―。現実から逃げだしたいと思いながらも、逃げだすことをしない深文の想いは、短大時代の友人月子のいるハワイへと飛ぶ…。あなたの周りにもあるような日常を、絶妙な人物造形で繊細に描く、驚くほど新鮮なOL物語。

 表紙のポップさとカバーの解説にだまくらかされて、読んでしまいました。これは、かなり卑怯です(笑)。かんなりドロッドロの作品なのですが、あ、やば、って気づいた時には既に絡みとられて逃げられない状況に陥れられてしまいます。


「カフーを待ちわびて」

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■出版社
宝島社
■著者
原田 マハ
■内容(カバーより)
 もし絵馬の言葉が本当なら、私をあなたのお嫁さんにしてください―。きっかけは絵馬に書いた願い事だった。「嫁に来ないか。」と書いた明青のもとに、神様が本当に花嫁をつれてきたのだ―。沖縄の小さな島でくりひろげられる、やさしくて、あたたかくて、ちょっぴりせつない恋の話。選考委員から「自然とやさしい気持ちになれる作品」と絶賛された第1回『日本ラブストーリー大賞』大賞受賞作品。

 当てもなく活字本を探そうとする時、私はヴィレッジ ヴァンガードに行くようにしています。私としては高知の高須店の方が好みで(高知のイオンモールにもあります)、ここで仕入れた小説は非常に当選確率が高いので、かつて当選があった宝くじ売り場に買いに行くようなものですね。今回の作品もいい仕事してます! ありがとうビレバン! でも最近本のコーナーが停滞気味じゃないか? がんばってくれ 高須店! あ、作品の説明全然してないや。


「グアテマラの弟」

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■出版社
幻冬舎
■著者
片桐 はいり
■内容(カバーより)
 グアテマラの古都・アンティグアに家と仕事と家族を見つけた年子の弟。ある夏、姉は十三年ぶりに弟一家を訪ねる旅に出た。まばゆい太陽とラテンの文化で、どんどん心身がほぐれていく。そして陽気に逞しく暮らす人たちと過ごすうち心に浮かんだのは、外国を知らずに逝った父、家事にあけくれ続ける母のことだった。旅と家族をめぐる名エッセイ。

 現在読書進行中の作品(土佐弁でいうところの 読書しゆう作品)で、俳優「片桐はいり」のエッセイです。俳優さんや芸能人の方の作品は意識的に避けてきたのですが、ちょっと考えが変わりました。目のつけどころが、何と言うか、勝負師のようです(←我ながら意味不明ですが)。鋭い!っていうよりは、そう観るか! そう切り込んでくるか!っていう面白さがありました(一応、褒めてるつもりですからね)。やっぱり才能のある方はなんか違うんでしょうね。

2011年05月04日

書くこと読むこと
Kobayasi's Blog

 読むことはできる。書くこともできる。だけど作家になるには才能がなくては絶対になれない。確か村上春樹も作家になるにはまづは才能がなくてはならない、と書いていたと思う。別に自分が作家になりたいと言っているのではありません。このブログでは本の話をしているのだから「作家になるには」とあえて書きましたが、音楽でも漫画でも和菓子職人だって - とにかくクリエイターになりたいと思ったら - 少なくとも才能はどんな形であれ必要になっていくのではないでしょうか。でも才能ってなんでしょうか? 逆に才能だけあれば万事うまくいくのか? なーんてことを今回紹介する映画を観ながら考えたりしてます。

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■タイトル
Finding Forrester(邦題 小説家を見つけたら)
■販売元
ソニー・ピクチャーズ エンタテイメント
■内容(カバーより)
 バスケットボールのプロ選手を目指す、ブロンクスに住む16歳の高校生ジャマール。彼には隠れた文学の才能があった。偶然か運命の導きか、彼が見つけたのは、40年前ピューリッツァー賞に輝いた処女作一作だけを残して文壇から消えた幻の大作家、フォレスターだった。少年に文学の才能を見出した大作家は彼の導き手となると同時に、自らも、心閉ざして生きてきた人生に向き合うことになる。

 この映画の中で、一人の大作家に憧れ文学を志してきた二人が、同じ教室で教師と生徒という立場で出会うのである。彼ら二人の何が違っていたのであろうか? 処女作でピューリッツァー賞に輝いたその大作家に、一人は見向きもされず、一人は幸運にもその大作家の師事を得られた。一方は選ばれ、一方は切り捨てられる。それは単なる偶然なのだろうか? それともそれこそが才能と言われるもの故なのだろうか? 私は「選ばれる」事に、自分ではどうしようもないめぐり合わせもあるような気がします。では - よけいなお世話だと思いますが - 選ばれなかった者の才能は一体どうすればいいのだろうか? そんなこと考える必要なんてないのかな? 「野に遺賢無し」と言われます。選ばれた方はそれはそれで大変でしょうが、ぜひともかんばってください。また「野に遺賢在り」とも言います。選ばれなかった者は自分で何とかするしかないんでしょうね。「何とかする」とは何か? それこそが才能の見せ所なのかもしれませんね。

2011年04月26日

「日本語の作文技術」
Kobayasi's Blog

 ある時、登山を趣味とされているご年配の女性の方が最近ブログを始めたと教えてくれました。そのときのよもやま話を聞いていると、「友人から文章が変だって言われるんです、まるで日本語じゃないって。きっと、私、本を読まなかったからなんでしょうね」と言われたことがあります。うーん、確かに読書していた方が色々な表現ができるようになるとは思いますが、相手に分かってもらうように書くこととは別のような気がします。例えば - 極端な話ですが - 文学部を卒業しないと新聞記者や雑誌編集者にはなれないの? 逆に理系のプログラマが作ったそのソフトウエアの使用説明書はわかり難いの? もし知っていたら教えてほしい、どんな本を何冊以上読めばわかりやすい文章が書けるようになるの? それと私的な経験から言わせてもらえば大学入試に理系であっても小論文があるのはおかしくはないのか! でも現実問題としてそんなこといってる場合じゃないですよね。「読書」とか「文学的」とか「詩的」だを作文からスパッと切り離して、生活していくために必要な道具としての母語の作文技術ってのが必要なんじゃないでしょうか。それは何をさしおいても「分かってもらう」という一点に特化した「技術」でなくてはいけないと思います... なーんてね、偉そうなことを書きましたが、実は今回紹介する作品からの受け売りです。でもこれ以上シンプルで野太い日本語の作文技術を展開している作品を今のところ私は知りません。

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■出版社
朝日新聞社
■著者
本多 勝一
■内容(カバーより)
 多田道太郎氏
 ちゃんとした日本語を書こうと思ったら、まず、勉強に本多勝一氏の「日本語の作文技術」を読め。これが私の持論である。なぜか。なぜなら、どうすれば文章がわかりよくなるか、その秘訣がそこに書かれているからである。「文法」とは、ほんとうはこの秘訣のことなのだが。小声で言っておくと、ごく忙しい目にあっている人は、全巻を通読しなくてもいい。第一章から第四章まで読めば、それだけで確実に、文章はよくなる。この本はそういうスゴイ本なのだ。(本書「解説」より)

 ちなみに下が標題紙に当時書き込んだ自分なりの目次です。今見るとなんかの呪文みたいですね。というかこの本を一週間で読んでるって方が、かなり感染歩合が進んでいる感じが伝わってきますね。

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 自分が癖のある作品が好きなのはなんとなく感じてもらっていると思いますが、この人の作品はその中でも最大級ですので、どちら様もよろしくお願いします。ある意味 超有名人ですから。できればその人物像に対する先入観なしでこの作品は読んでもらえたらと思っていますが、そんなのどだい無理な注文なのかもしれませんね。改めて読み返しましたが、どこからどう読んでも「本多勝一」の作品だもの。ちなみにこの本を読んだきっかけは高校生の担任教師が紹介してくれたからでした。大学入試の論文対策で、読みたい奴は読んでみたら?という感じだったとおもいますが、おーい、こんなの高校生に読ませていいのか? いやでも当時この作品にハマったのは私だけだったし - たぶん。気になって他の同級生にそれとなく聞いた時は、こんな意味わかんねーもんで時間を取らせるなよって怒ってたように憶えていますので。ひょっとしたら、先生はきっと誰も興味を示すはずはないけど単に知識として知ってくれればいいぐらいの気持ちで紹介したのかもしれません。でもね、中には私みたいな変わった生徒もいるんです。おかげさまで著者の代表作は幾つか読ませてもらいました。いま思えばよく読んだな、自分。今からもう一度読めと言われても全力で遠慮したいですね。そういう意味ではこの人の作品を読むタイミングは高校時代のあの時以外は考えられないのかもしれません。先生、多謝!

2011年04月21日

「グリーン・レクイエム」
Kobayasi's Blog

 ある人から「本を読めるのは貴方に読める才能があるからだと思う」と言われたことがあります。いやいや、絶対にそんな大げさなことではないと思いますが、でも確かになんらかのきっかけは必要なのかもしれません。私も意識的に本を読むようになったのは中学2年生からだったように覚えています。それまでは国語の時間は退屈で、読書感想文という宿題は悪夢でしかありませんでした。まったく、読んで感じて感想を分かるように字にしなくてはならないなんてなんてめんどくさいんだ! というかその前に「読みたい本」って何? 「読まないといけないもの」の間違いじゃないの? まるで皆が本を読みたいとでも決めつけてるかのような宿題というのはどうなの? 読みたくない人用に別の宿題を想定しておくべきじゃないだろうか、なんて小学生の時に思ったことがあります。
 それがどうしたことでしょうか、いまでは活字を目で追いかけていくのが楽しくなってしまいました。でもさすがに読書量はめっきり落ち込んでしまい、1ヶ月に1冊程のペースに最近は落ち着いてきています。それでもいつもの本屋によっては面白そうだとピンときて買って帰った本が本当にアタリだったりすると、嬉しくなってしまいます。その本を読んだことで - 大げさにいえば - 世界が一変してしまうような経験をすると、自然と本は読めるようになるのではないだろうかと思っています。そういう意味ではこの「グリーン・レクイエム」は最初の自分だけの大切な本と言っていいと思ってます。

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■出版社
講談社
■著者
新井 素子
■内容(カバーより)
 えっと、作品(なかみ)のご案内です。腰まで届く長い髪の娘・明日香。その髪に驚くべき秘密と力をひめた彼女の正体は? 彼女を愛してしまった青年・信彦との、のがれられぬ運命が明日香を見舞う。彼女の行く先は、さて、どこ? ショパンのノクターンが全編を包む「グリーン・レクイエム」、ほか2編の心躍るSF。

 高知市の愛宕商店街に小さな本屋さんがありました。その店先にはバス停があり、中学生の私は毎日そこからバスに乗り自宅まで帰ることになっていました。さすがに毎日となるといくら本に興味がないといっても時間つぶしの意味も込めてその本屋に入るようになりました。最初はマンガばかりを立ち読みしていましたが、次第に読むものがなくなり、ついうっかり反対側にある本棚まで移動してしまいました。その本屋は中央に仕切りのように奥へと本棚が続き、向かって右側にマンガ・左側に活字本と大きく分けられて置いてありました。その活字コーナーをぶらぶらと覗いていると、この作品の表紙が目に止まりました。ほんと、あの時なにを思って立ち止まってしまったのかは覚えていませんが、私はその小説を手にとり、買って帰り、かつてないほど熱中して読んだ記憶があります。それをきっかけにこの作者の本は見かけたら(新刊であろうが古本であろうが)問答無用で読むようになり、またその作品の中で紹介されている作家や作品なんかも一緒に読むようになりました。それで何が大きく変化したかといって、めっけもんだったのは国語の授業が面白くなったことです。教科書に紹介されている作品を読み、それを元に図書館に行き、いろんな作品を読んだように覚えています。「風姿花伝」なんかも読みましたよ。全然意味がわかりませんでしたが。でも意味が分からないまま目的のないままの読書というのは贅沢なことだなと今更思います。社会人になったら目的の本しか読まなくなるのですから。無目的な読書って実は大事なんじゃないかな、なんて思うことがあります。だからでしょうね、読書感想文なんて宿題が存在するのは。うーん、今を基準に考えれば読書感想文もそれなりに面白そうだと思いますが。でもあの時はホントに泣きたくなるほど嫌いな行為でした。三方一両損的な解決策はないもんでしょうか。

2011年04月14日

名称未設定
Kobayasi's Blog

 以前、マンガ好きな女性の方と話をしていた時のことです。自分はいくつかの女性誌の作品を読むけど「花とゆめ」に好きな作品が多いと言ったら、「あー、そこまで行きましたか」と言われたことがあります。お〜い、そこまでってどういう意味でしょうか? 話を聞いていると少女マンガにもいろいろある様で、どうも王道ではない、ちょっと斜にかまえた感じのところがあるらしい。そんな感じしないけどな? えーでも逆にいえば、男子マンガでいうところのジャンプとかマガジンってことでしょ?その王道マンガって。 読まないもの、私、そのカテゴリは。あ、だから必然なのね、ちゃんと少女マンガでもそっち側を選んでるわけね、私ってば。

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 私には二人の姉がいる事は以前に書きましたが、おかげさまで男子マンガよりもりぼんとかマーガレットなんかを先に読んでいたような気がします。男性の場合、成人してもジャンプやマガジンを読み続けている方はいると思いますが(悪い、といっているわけではありません)、女性はどうなんでしょうか? 少なくとも私の姉達は読むマンガ雑誌が年々変わっていったように記憶しています。具体性をおびてリアルな内容に変化していった様に思います。最後にはマンガ自体を姉達は読まなくなってしまいましたが、私は未だにしつこく読んでおります。
 でも何が読みたくて少女マンガを今でも読んでいるんだろうか?って自分自身考えてしまうことがあります。私は男性なので男性誌だけ読んでいればいいように自分でも思いますし、男性誌で活躍している女性作家もいらっしゃるわけですから。でもそれではなんか足りないような気もするんです。ではそれが何かと聞かれても私には答えられないのですが... そのせいでしょうか、私の本棚には女性作家の作品が結構な割合であります。そのほとんどが自分で見つけた作品なのですが、姉達の影響で読んだ作品のうちで今でも私の手元に未だに残っている少女マンガがあります。槇村さとる著「N.Yバード」(当時別冊マーガレットにて連載)です。特に内容は書きませんが、改めて読み返して、ああ、そう、この感じ、って思うのですが、それを言葉にするのはむつかしいですね。今回のブログの為に考えてみたのですが。ま、これは宿題ということにしておきましょうか(いったい何年来の宿題なんだか)...

2011年04月06日

「うさぎドロップ」
Kobayasi's Blog

 この作品の中で「俺は 母親はもちろん 父親にも夫にもなったことないからなァ」という科白が出てきます。なんか大好きです、この言葉。
 30歳になる彼「大吉」(独身)は身寄りのない6歳の彼女「りん」をやむなく引き取り、育てることになる。二人の関係はとてもクールな距離を保ちながら、淡々と二人だけの毎日が進んでいきます。 なかなか自分の感情を表にだそうとしないりんを大吉は甘やかすわけでもなく無骨な言葉づかいで諭すようにゆっくりと話しかけていきます。そんな毎日を二人でのりこえていくうちに、自称子どもギライの大吉は、りんの事ならなんとなくなにを考えているのかが分かるようになっていく。りんは、大吉のことを誰よりも信頼するようになり、ダイキチになら(りんは大吉のことをダイキチと呼ぶ)自分の感情を自分なりに表現しようとするようになる。りんはダイキチという人が自分の父親でもなければ兄でもない存在としては認識している。でもそんなことはどうでもよくって、「ダイキチ」が信頼できる存在であることがりんを安心させ、どんどんと - いろんなものを - 成長させていく原動力になっていくのだ。

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■出版社
祥伝社
■著者
宇仁田 ゆみ
■内容(amazonより)
 案外、この世界も悪いもんじゃないって
 りん、君はしっているかい?
 祖父の隠し子・りんを育てることになったダイキチ
 6歳児と30男が繰り広げる、なごみ系ちぐはぐLIFE

 結婚する事が決まった妹から - かなり屈折した言い方で - 自分は子どもとやってく自信がないと相談される。それに対して兄である大吉が「なんとかなるんじゃねーの? その気になれば。なんとかするしかないっつーか...」「ったく ひとごとよねー お兄ちゃんは」この会話のあとに「俺は 母親はもちろん 父親にも夫にもなったことないからなァ」という科白が出てきます。子どもを育てるってのは、立場や役割がそうだからすることなんじゃない、っていいたかったのかな? なんて思ってしまいました。でも大吉ならそんなリクツっぽいことを言いたくていったんじゃないんだろうな。本当にそう思ったから、ストレートにしか表現できない人だから口にだしたんだろうな。いやこの人、男前なんです、ホント。

2011年03月28日

「ハニー ビター ハニー」
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 この作品に登場する女性は、なんでこんな男性にこんなことされてるのに、好きでいつづけるのだろうか。こんな、とは浮気または二股のことだ。一昔みたいにどんな役立たずの男でも「気に入らなければ出て行け」と言えた時代なら、というかそっちなら私にもまだ分かる。逆に盲目的になってしまって(それは罪悪感から?)周りが観えなくなっていれば仕方がないとも思う。でもこの作品に登場する女性達は、結構クールに男性との間の距離を取りながら - というか取ってるのに - 浮気をされたりバレバレの嘘をつかれるとそれを無防備にダイレクトに受け止めようとするのだ? 読んでるこっちが痛いっつーの! 私は男性なのでそこいらへんがよく分かっていないと思いますが、でもあえて言わせてほしい、どうしてとっとと三行半を叩きつけてやらないのか。私は「飲む打つ買う」つまり酒乱・賭博・浮気は男の三悪だと母から教わりました。そんな男をなんとかしてあげたいなんて仏心を出すより、全力で別れなさいと言われました。絶対治りませんから!

 そんなことあなたに言われなくたって分かってんのよ!!!

 そんな叫びが聞こえてくるみたいです。もちろんそんなストレートな表現は出てきませんが、そこかしこからにじみ出てくるようです。こういうのを切ないって言うんだろうな、なんて思ってしまいました(←やっぱり分かってないっぽい感想だな...)。

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■出版社
集英社
■著者
加藤 千恵
■内容(カバーより)
 陽ちゃんは親友の沙耶香の彼氏だ。でもわたしは彼と寝ている。沙耶香のことは大切だけれど、彼に惹かれる自分を止められない― (「友だちの彼」)。ライブでボーカルの男性に一目惚れし、誘われるままホテルへ。初体験。...あたしは本当にこういうことがしたかったの? (「もどれない」) 甘やかで、ほろ苦く、胸のちぎれるような切なさをたたえた全9話。人気歌人初の恋愛小説が文庫オリジナルで登場。

 あと著者は歌人とのこと。言葉を選んでいくセンスが鋭いな、とは読んでいても思いました。なんでもないように並んでいく言葉は - 歌うかのように . 彫り込んでいくかのように - ハッキリとした輪郭を持って連なっていくようです。印象としては、細かく削りだされたガラスのパーツを万華鏡のように組み合わせた透明な一枚のステンドグラス作品をみているような気分にさせてくれました。こういう文章の書き方は憧れてしまいますね。

 ところで、なんで母から「男の三悪」なんてこと、私は教わったんだろうか? あんまり考えたくないな...

2011年03月22日

55番街
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 私には2人の姉がおります。現在はそれぞれ結婚しており、それぞれが家庭を持っております。一番上の姉は嫁いだ人が県外の方だった事もあり、十何年も会っておりませんでした。それが、高校を卒業して専門学校に進学する姉の娘の春休みを利用して一度高知に帰ってきた事がありました。もちろんその日は姉弟3人がそろって飲み明かしました。一緒に生活していた時は決して仲のいい姉弟ではなかったのですが。そんな時に姉が高知の追手筋の55番街に飲みに行きたいと言い始めました。どうも話を聞いていると会社勤めをしていたときよく飲みに行っていた思い出の場所との事。逆に私はここでの思い出が全くないので、ピンとこず、ただ話に相づちを打っているだけでした。最初は母と自分の娘を連れて行きたかったようなのですが、母がなぜか乗り気でないよう。最近とみに歯が痛くて、などとぶつぶつ言っている。で、おはちが私に回ってきました。「あんた、付き合いなさい」「別に いーけど...」

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 私は高知市追手筋の55番街にはあまり思い出がない。せいぜい「華珍園」か「大吉(チェーン店でない方)」ぐらいのものだったから、逆に面白そうだと一緒についていく事にした。そしたらいきなり「関羽」に連れて行かれた。噂には聞いたことがあるけど、いきなりかよ!そしたら姉曰く「開店と同時にはいらないと席なんか空かないよ」とのこと。姉の娘は今どきの女子なので思いっきり引くかと思いきゃ、結構平気な感じ。さすがは姉貴の娘! 逆に店内の男性の視線を集める集める。私の方が恥ずかしくなるくらいだ。そんなこと全く気にする風もなくご機嫌で注文しようとする姉。こっちは何がオススメなのか分からないので姉に全てお任せだ。注文を取りにきた大将が「久しぶりだね」と声をかけてくれる。「やっと帰ってきたの」とは姉の科白。イスもテーブルも小さく皆が身を寄せ合って注文の商品がくるのを待っている。「ここの大将はお客さんの顔を全員覚えているの」とは姉からの情報だ。姉はかってしったる部屋のように瓶ビールを取り出してきて手際良く栓を開け、私にビールを注いでくれた(娘さんは烏龍茶です)。何度か3人で乾杯を繰り返していたら注文していた料理が運ばれてきて初めて、私は母が乗り気でなかった理由が分かりました。なかなかワイルドな料理が並んでいきます。たまたま姉の頼んだのがそういったモノばかりだったのかもしれませんが、噂にたがわず強敵である。まずは姉が満面の笑みでかぶりつく。私も娘もそれに続く。うん、味は悪くない。というか結構好きかもしれない、ちょっとした見栄えと歯応えを除けば。そう言えば、「とんちゃん」も「大吉」もこの一番上の姉に初めて連れて行かれたような気がする。自分が酒飲みな原因の一端は絶対この姉にあるはずだ。
 そんな感じで始まった飲み会なのだけど、なぜかうちの祖母の料理の話になった。2人で何が一番好物だったかを話した時、やはりというか2人とも「カツオ飯」と「オムレツ」だった。祖母が作ってくれる料理で一番好きな料理が同じだったのは、何というか、ちょっとビックリした。そんな話なんかしたこともなかったし、当時は仲のいい姉弟ではなかったので一緒に食事をすることもほとんどなかったはずなのに。姉も驚いたのかもしれない、何かそれで2人が大いに盛り上がって、やっぱりおばあちゃんの料理は美味しかったよね〜、なんて2人でうなずき合ってました。それを娘が横で「きもいし、ってかなにそれ、意味わかんない」ってな顔で引いていたのが面白かった。ああ、おばあちゃんの料理は姉の家庭までは引き継がれなかったんだな、おばあちゃんの味は僕らの代で終わりなんだな、と思ってしまいました。いやいや姉はおばあちゃんの味を忘れたわけではないのだ。新しい味を旦那さんと娘の為に創り上げたのだ。姉は私たちの姉ではなく、彼らの母として生きているのをなんか実感してしまった。ので、娘さんには全然わかんない祖母の料理の話でわざと2人だけで延々と盛り上がらせてもらった。ま、いいでしょ、十何年ぶりに高知に帰ってきたんだ。小林家の長女としてこの瞬間だけでも返してもらおうと私は思ったのかもしれない。

追記.
 姉達が帰ったあと、私は「カツオ飯」と「オムレツ」を自分で作ってみようと思った。インターネットでレシピを調べ、昔の記憶をたどって何が入っていたかを思いかえし、休日のたびに何回か作ってみた。途中で母が口をはさんできてから何となく記憶にある味に近づくことができた。母は私が作った料理を食べて「ここまでできれば上等じゃない?」と言ってくれたが、ということは違うってことですね。うーん、ほんとちょっとしたことなんだろうけど、何が足りないんだろう?

2011年03月08日

「高杉さん家のおべんとう」
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 この春12歳になる少女はひとりぼっちになってしまった。少女は母の遺言通り、31歳のいとこ(無職で独身男性)のもとに引き取られることになる。
 シングルマザーの元で育てられた事も影響しているのだろうか、元々おとなしくじっと耐える子供で、あまり自己主張する事もない内気な子供だった。小学校に入ってからはメキメキと美人さんに成長するが、それが原因である事をきっかけにいじめを受けるようになり、知らない人とはさらに距離をおくようになってしまう。さらにもっと語るのならば、そんな彼女が絶対的に心を許している母は、実は肉親ではないのだ。でも今となってはその母親でさえも事故で失ってしまった。そんな家庭環境で育った少女の新しい保護者は、なんというか、(いい意味で)残念なキャラクターの人だった。
 とにかく彼は彼女の為に頑張るのだが、空回りするする。全力で空回りをするのである。周りの人間の方が彼らを心配する。曰く、彼女の家族になってあげてください。曰く、彼女のこころを解きほぐしてあげてください。もちろん保護者たろうと彼はかんばるのだが、これがことごとく空振りする、全く残念なぐらい! ex. ある日彼(ハルミ)は彼女(クルリ)がいじめを受けている場面に遭遇する。そのきっかけはハルミが作ったお弁当だった。

「高杉サンのお弁当ってぇ いっつもおかずひとつなのねぇ」
これを黙って聞き流すほどクルリは傍観者ではない。真っ向から火の粉を振り払おうとする。
「 で?」
ハルミの方が気が気でない。担当の先生から助言を受ける。「保護者としてすべき事はわかっていますか?」(←彼女の気持ちをほぐし、心を開くようにしてあげてください、と先生は言いたかったのだが)
「おかずの品数 増やしますっ!」
だからお弁当の事じゃないんだってば! しかもそれが原因でさらに状況をひどくさせてしまうのだから、何をかいわんや...

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■出版社
メディアファクトリー
■著者
柳原 望

 夕食はクルリが。その残りで次の日のお弁当をハルミが作る共同作業が始まった。全く違う人間同士が同じ屋根のしたで、クルリの母親と過ごしたお互いの記憶だけを頼りに、ちょっと変わった2人の日常生活がマンションの台所を舞台に始まる。
 家族ってなろうと思わなければなれないんだな。それに対する料理を作ることの意味?意義?って大きいんだろーなーなんて思ってしまいました。ちなみにクルリがハルミのことを名前で呼んでくれたのは一年半後のことでした(それまで名前を呼んでもらえなかった)。家族になれた瞬間だったと思うんだけど、ハルミはそのままスルーするし... ほんと残念な奴だな。

 ちなみにクルリは節子さんという精神的支柱を途中から得るのである。お料理上手の節子さんはクルリに料理以上のことも教えるのである。節子さん曰く「帳尻合わせる行きあたりばったり力」だ。この帳尻合わせ技を伝授する「節子さんのなんとでもなる講座」がまた面白いのだ。やっぱり料理ってクリエイティブな作業なんだなと改めて感じさせてくれました。
 

2011年03月03日

「センセイの鞄」
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 この中で二人はとにかく美味しそうに食事をするんです。
 別にグルメマンガのように料理の味を文字で表現しようとするわけではありません。美味しいものを食べている時の雰囲気 - 空気感 - の表現が実に美味しそう!なのだ。登場人物の仕草や科白を丹念に追いかけ、かけ合わすことで、お互いの感情まで同時に表現しようとしているかのようです。私もお酒が好きな方なので、この作品を読んだ時はやられたと思いました。これ以上酒を酌み交わしていることが楽しい表現方法があるんでしょうか? でも本当だったら注目すべきなのはそこではなく、アラフォーの主人公(女性)とその高校生だった頃のセンセイ(三十近く差がある)の恋愛の行方なのだけど、この恋愛は成就するのかよりも私は彼らニ人が食事をするシーンの方が気になって仕方がありません。お互い趣味趣向が同じで、居酒屋でツマミを注文しようものなら似たようなものをたのんでしまい、同じような食べ方や飲み方をする。またそれがお互いに合わせようとするものではないのです。いわゆる、人間関係の距離のおき方も同じなのです。
 また二人の間ではちょっとしたハプニングが絶えません。なんのことはない、居酒屋で野球のラジオ中継を聞いていただけなのだ。ただそれが巨人と阪神の伝統の一戦であり、センセイは断然巨人ファンであり、主人公は真正アンチ巨人ファンなのである。そして間が悪いことに阪神がどんどん不利になって行くのである。センセイは上機嫌で酒を飲み語りあおうとする。主人公は絶対しゃべってやるもんかと意地を張りつづける。そんなちょっとしたエピソードが次々と紹介されていくのです。
 とにかくきっぷがよくて読んでいて気持ちいい。ひさびさに爆笑させてくれたと同時にじっくり読まされた小説でした。勝ったか負けたかで言えば完敗ですね、はい、白旗ものです。

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■出版社
文藝春秋
■著者
川上 弘美
■内容(カバーより)
 駅前の居酒屋で高校の恩師と十数年ぶりに再会したツキコさんは、以来、憎まれ口をたたき合いながらセンセイと肴をつつき、酒をたしなみ、キノコ狩や花見、あるいは島へと出かけた。歳の差を超え、せつない心をたがいにかかえつつ流れてゆく、センセイと私の、ゆったりとした日々。谷崎潤一郎賞を受賞した名作。

 全く知らないもの同士が同じものを食べるという行為は、古いいいまわしを引き合いにださずとも、やはりなにか意味のあることなのかもしれません。そしてお互いのその趣味趣向がさらに同じであった場合、きっとなにか特別な意味が発生するのかもしれない。それぐらい「同じものを同じように食べる」というのは奇跡的なことなのではないでしょうか。でもそれはそうでしょう、お互い全く違う家庭・社会環境で育ってきたもの同士がある日突然 - 例えば - 一緒に暮らせと言われても、そりゃ無茶な話だと思う。食べ物にしてもそうだろう、味付けひとつにしても濃い薄いから始まって森羅万象の事柄が違うはずなのだ。同じものを同じように食べるというのは、お互いの妥協点というよりは新しい世界観を創り上げることなのかもしれないなんて思ったりします。もしその行為自身に対して、お互いが楽しくて新たな発見があり軽い驚きをもたらしてくれるものであればなおさらなんでしょうね。それはきっと幸せなことなんだろうなと思ったりします。

2011年02月23日

雪山の思い出
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 トム・ハンクスとメグ・ライアンが主演する「Sleepless In Seattle (邦題 めぐり逢えたら)」という映画があります。ちなみに監督は私の好きなノーラ・エフロン。この映画の中でさらに紹介される映画があって、その中のセリフで「愛の思い出のない冬は寒いわ ... 春は去ってしまった」というセリフがでてきます。そのセリフの前後のストーリーがよく分からないのですが、どうも愛し合っていた二人が別れるシーンなんだと思われます。このセリフの後、その映画をみた登場人物の女性たちがかたはしから泣き出すからだ。私がはじめてそのセリフを聞いた時は、思い出があろうがなかろうが冬はかわらず寒いに決まっている、何を言ってんだこの映画は、意味わかんない と思いました。何故なら私は冬が嫌いだからです。だって寒いんだもん。思い出程度であたたかくなるわけないでしょう(逆に映画の中では「これだから男ってのは...」というつっこみのシーンがでてきます)。

 なので、雪山に登りましょうと言われた時、さすがに今回は辞退しようかと思いました。寒いのが嫌いなのに、なんでわざわざ雪のある所にこっちから行かなきゃいかんのだ?意味がわからない。でもその時一緒に行くことになっていたK下氏もFさんも口をそろえて雪山はいいぞと力説します。ひねてる私はメンバーが減られては困るからそう言っているのかと疑いながら聞いてましたが、うーん、そこまで言われると確かに行ってみたら本当にいいのかもしれないと思うようになりました。そして不信感いっぱいのまま雪山に初挑戦です。

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 結論から言えば、確かにいい思い出になりました。その要因が何なのか - 雪山だからなのか.一緒にいったメンバーのせいなのか.雪山ならではのイベントのせいなのか - はよくわかりませんが。それらが混ざり合ってひとつのあったかい思い出には確実になってしまいました。多少無理をしてでも雪山に登ったことはよかったなと思っています。今でも寒い冬の朝、出社途中に四国山脈が雪で白くなっているのを見かけると、皆で登った雪山を思い出して、なんか今日もがんばろうって気持ちになれます。以来、ちょっとだけ冬が好きになりました。

2011年02月17日

「ひだまりスケッチ」
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 「これといって特別なことなんて何も起こらない、ただの日常を延々と描いている」マンガを述べよ、と以前マンガ好き同士で話したことがあります。いろんな作品が出てきて、しかもそれらがかぶらない。ほんとにマンガ好きですね、みなさん。その中で今回の作品を押してくれた人がいました。確かに本屋でよく見かけるし、あれって結構昔からある作品だよね。そのわりにはあまり騒がれてないというか... 正直絵もあまり私好みでは無かったりするのですが、でもそれ以来なーんか気になるようになりました。あと私は1巻から読むタイプ。途中の巻から読んでも平気な人もいるらしいのですが、私はちょっと... 1巻目の第1話が気になって仕方がないのです。この作品はほとんどの本屋で見かけるわりには1巻から揃っているところをなぜかみたことがないのもブレーキになっていました。教えてもらってから1ヶ月以上経ったと思いますが、いつもの本屋で読みたい本が今日は見当たらないけど逆にこの作品がちょうど1巻からそろっていました。ま、今日はこれでいいか、特にこれといって読みたい本もないし、的な感じで2巻まで買って帰ったのですが、

 とんでもねえ!
 これめっちゃ面白くないか?!
 ちょっと笑いのツボがずれてるところがたまらん(←こらこら、褒めてないぞ)。
 え? そこ、オチ?みたいな!うわ、これ最高!(←だから褒めてないってば)
 読み終えてそのままいつもの本屋へ。残り3冊もゲットしてきました。

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■出版社
芳文社
■著者
蒼樹 うめ

 この作品もマンガ分ががっつり含まれています。いや、こんな学生生活を過ごせたら一生の思い出になるよね。ほんと一生の宝物になると思います。やまぶき高校美術科に入学した主人公は親元を離れ初めての一人暮らしを始める。舞台は 別名「やんちゃアパート」こと ひだまり荘。優しくて頼りになる先輩に、いつも明るく才能あふれる同級生、(4巻からの登場ですが)一所懸命な後輩らといっしょに同じアパートの屋根の下でいつもいっしょに過ごす学生生活。個性的な先生や同級生たちも混ざり混ざってとってもハッピーな学園モノ4コマ漫画。しかもちゃんと4コマ漫画としてオチをつけているところが気持ちいいです。最近はストーリー重視で4コマオチを気にしていない漫画が多いと思われるのですが(表現方法の違いなのでいけないことではないですが)、この作品はストイックなほど4コマごとにオチを作っているところがスゴイと思います。だから大爆笑!なんていうネタはないのですが、思わずにやけてしまうようなネタが多いですね。それがまた登場人物のキャラクターに似合っているので読んでいて可愛くて仕方がありません。何回読んでも幸せな気分にさせてくれます。でもちょっとクセが強いかもしれませんので、興味を持った方はそれなりに注意して読んでくださいね。

追記:ちなみに、今回のお題に対する私の答えは「大東京ビンボー生活マニュアル」という作品でした。知らないでしょ〜。

2011年02月09日

「かもめ食堂」
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 全ては思い出の中にある。だから優しくて幸せな印象をこの作品に受けるのだろうか。だとすれば、こんな挿話があっても面白いのかな?

 ・・・

 ぼくはサチエおばあちゃんが大好きです。ぼくにご本を読んでくれたり一緒にお庭で遊んだりしてくれます。サチエおばあちゃんは昔に食堂をやっていたことがあるので、お料理もじょうずで、甘くてやわらかい手作りのケーキを作ってくれます。そんなときにぼくにサチエおばあちゃんがヘルシンキにやってきたばかりのころのお話をしてくれます。それはすごくぼくのお気に入りで、何度も何度もお願いして前に話してくれた続きを話してもらいます。このケーキも思い出のケーキだと言ってました。そして手作りケーキを食べながら話してくれるお話はいつもぼくをドキドキさせます。
 「そうだねえ、この前はどこまではなしたっけ?」
 だからサチエおばあちゃんの所にいくのがぼくは大好きです。

 ・・・

 なんちゃって!

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■出版社
幻冬舎
■著者
群 ようこ
■内容(カバーより)
 ヘルシンキの街角にある「かもめ食堂」。日本人女性のサチエが店主をつとめるその食堂の看板メニューは、彼女が心をこめて握る「おにぎり」。けれどもお客といえば、日本おたくの青年トンミひとり。ある日そこへ、訳あり気な日本人女性、ミドリとマサコがやってきて、店を手伝うことになり…。普通だけどおかしな人々が織り成す、幸福な物語。

 これは回想録なのだと思う。主人公「サチエ」がある時ふと懐かしい思い出を語りだす。あまりそう言った事をする人ではないと思うのだが。何があったのだろうか。ちょっと想像しただけでもわくわくさせられるが、とにかく無茶をして単身ヘルシンキまで乗り込んできた、大変だったが今となっては楽しい思い出しか残っていないあの時の事を話してくれるのだ。そう思えば、ご自慢のおむすびをいただきながら年寄りの昔話であっても黙って聞くのもまた楽しいではないか!

2011年02月02日

缶のフタ
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 ある冬の寒い日に、なんかないかなーとアウトドアショップへ行っていた時、こんなもの見つけてしまいました。

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 こちらが裏側です。右側にツメが2箇所あるのが分かります?

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 ジャーン。こちらが完成型。先ほどのツメは350mlと500ml用に使い分けるためにあるのです。

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 キュポン、とフタが開きます。ドイツ製です。

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 最近ペットボトルが普及してきたのでこういったものは必要ないのかもしれませんが、私はこれを缶ビールに取り付けて使うのはどうかと思いました。ビールのペットボトルって無いよね?あると便利だと思うんだけどな。でさっそく取り付けてみました。


 ...なんていうか、ビールがおいしく感じられない。瓶ビールみたいにコップに注いでみたのですが、チョロチョロといった感じでしか出てきません。気分が盛り上がりません。かといって直接口をつけて飲もうとすると穴がふさがってしまうので逆さにしてもビールが出てきません。無理に吸い込むこともできますが、ビールの缶がベコベコに凹んでしまいます。ダメだこりゃ。 ったく、ええい、よく聞け! ビールってのはな、瓶ビールなら、栓抜きでスポンッって開けてトクトクッてコップに注いでオットットッって言ってからグビリと飲むのが美味しいんだよ!これじゃ気分が盛り上がらないだろう! 缶ビールならプルブタをカシュッて開けてうわっアワが吹き出しちゃったよなんて言いながら口もとに寄せてきて直接グビリといくのが美味しいんだよ! だからビールのペットボトルって無いんだよ! って誰に怒ってるんだ?自分。全く、完全に設定を間違えてしまった。どうしてこれでビールを飲もうなんてヒラメいてしまったのだろうか。お蔵入り決定です。

 ちなみに私が小学生ぐらいの頃、同じ商品を大丸やダイエーなんかの便利グッズコーナーみたいな所でよく見かけたもんだ。だから懐かしさも手伝って思わず買ってしまったのですが、職場でネタとして見せるとみんなキョトンとする。何ですか?って感じで。あれ?懐かしくない?ほら、何年も前からこの商品ってあってさ、買わなかった?あれ?ホントに知らないの?見たこともないの?あれ?...ホントに初めて見るの? ...時空震か?どっかで世界は改変されたのか?私はおかしくなった世界でたった一人過去の記憶を共有している人間を探さないといけないのだろうか...?
 なんちゃって、以上、涼宮ハルヒネタでした。ちゃんちゃん。

2011年01月17日

「沖縄文化論 ー忘れられた日本」
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 ベトナムのことわざに
『上に「政策」あれば、下に「対策」あり』
と言うのがあるそうです。もちろん「上」とはお上の事です。時には上の政策が好ましくない事も上手くいかない事もあるでしょうが - そこは社会主義の国 だからと言ってどうにもならないのですが - でもそれならそれで上手くやっていくにはどうしたらいいか的なしたたかさを感じて、私は大好きな言葉です。基本にあるのは「自分は守らねばならぬ」 庶民の底力とでも言えばいいのでしょうか、日常生活を生き抜く力強さを感じます。
 閑話休題
 今回のこの「沖縄文化論」のなかで「ちゅらかさの伝統」という短い一章があります。「ちゅらかさ」とは「美ら瘡」美しいかさぶた。実は天然痘の事を指している言葉だそうです。なぜ死亡率の高い伝染病である天然痘が美しいのか。著者は考えます。逆に受け入れてしまうことで忌み嫌うものではなく、崇めるものへと転化しようとしたのではないだろうかと。ぶっちゃけ美しいと思わなければやってられない、というのが本音ではないでしょうか。それって単なる現実逃避じゃないかとも思えるのですが、それほどかつての沖縄の「日常」は生きていくにはあまりにも過酷なものであったらしい。自分を守る社会的手段は全くなく、搾取され続けてきた長い歴史があるのです。ほんと、なーんにも無かったらしい。(アメリカの黒人奴隷は歌と踊りだけしか許されていなかった、と何かで読んだ事があります。そしてそれがジャズを生み出す大きな原動力となったとも。でもここでは音楽は生産手段の効率を高めるための道具でしかなかった。ある意味音楽すら持てなかったと言えないでしょうか)だから疫病神である天然痘でさえなだめすかして「通り過ぎてもらうしかない」と考えたのではないだろうか、と。
 この作品のなかでは挿話的な扱いの章なのですが、ここでシンボル的に紹介されるこの言葉も、日常を(例えそれが望んだ生活でなくても)生き抜いている人の力強さを感じて - 悲しい言葉ですけど - 私の大好きな言葉です。

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■出版社
中央公論社
■著者
岡本 太郎
■内容(カバーより)
 苛酷な歴史の波に翻弄されながらも、現代のわれわれが見失った古代日本の息吹きを今日まで脈々と伝える沖縄の民俗。その根源に秘められた悲しく美しい島民の魂を、画家の眼と詩人の直感で見事に把えた、毎日出版文化賞受賞の名著。

 ちなみにこの作品には個人的な思い出があります。大学時代にこの本を偶然 図書館で見つけ、ものすごく影響を受けたのだけど、当時は絶版でした。自分のできるかぎりで探したつもりですがどうにも手に入れられそうにありませんでした。仕方がないのでせめて印象深い箇所だけでもと大学ノートに手書きでそこここ書き写していたら、あれが足りない、ここもないと話がつながらない、うーん、結局全部書く事になってしまって、最後の方はコピーをして、手書き+コピーからなる一冊の本にしてしまった事があります。ちなみに当時はハードカバーの単行本だったのですが、文庫本になっても261ページあります。どんだけ時間とお金をかけたんだ? 今は中央公論新社からでていますのでそれを持っているのですが、あの当時作った手書き+コピー本の「沖縄文化論」も置いとけばよかったなと今更ながら残念に思い出します。

2011年01月07日

「神戸在住」
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 この作品に登場する三人の女性達は、それぞれがむしり取られるような喪失感を背負って登場してくる。それはある時ふっとしたことでその存在が消えていないことに気づかされる。主人公は、大好きな祖母が死んで倒れているのを幼い時目撃してしまう。その時はその事が理解できず、かえって風邪をひかないようにと布団をかけてあげ、その場を離れてしまう。二人目の女性は、神戸大震災を経験する。その現場に居あわせた彼女は - 幻聴なのかもしれないが - 瓦礫の下から誰かが私に助けを求めていたと、聞こえない声に今でも苦しめられている。三人目の女性は、高校生から既にモデルとして活躍しているのだけれど、当時いらない風評にさらされたことがあり、動けなくなってしまった事がある。そして三人は神戸の大学で出会うのである。

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■出版社
講談社
■著者
木村 紺

 これは深い喪失感を背負った3人の女性が自らの手で「日常」を取り戻そうとするお話だと思っている。そのあまりにも丹念に日常生活を拾い上げ積み上げていく感じは、すがるような印象すら受ける。そして新たな「日常」を手に入れていくのだ。そうして手に入れた「日常」が全くどこにでもあるごく普通の日常であっても、それは断然自分が創りあげ手に入れたかけがえのない日常なのである。自ら望み、自ら行動し、その結果手に入れた日常なのである。
 なんかものすごく重たい作品のような紹介をしましたが、本当はもっと明るく軽やかで叙情的な作品なんですよ、いや本当に。神戸という街でなんでもない日常生活を実に丹念に描いています。スクリーントーンを一切使わない作風とものすごくしっかりしている背景絵が印象的な無二の作品だと思います。改めて驚いたのはこの作品がデビュー作であるということ。作者にとってはどうしても描いておかないといけない作品だったんだなと思います。あと、カバー下の表紙も要チェックです!

2010年12月30日

本歌取
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 クリエイティブとかオリジナリティとか独創性なんていう、何かそう言った大げさな事を考える時、いつも思い出すエピソードがあります。それは、フランス人が伝統を重んじる国民であることを説明するための例えとして描かれた話なのだけど、同時に創造というものの性格の一端を考えさせてくれるものでした。

 フランスのリオンに昔からある小さなビストロ。そこではメニューなんてものはなく、座ったら鳥肉のロティと温野菜のソテーがでてくるだけ。お店もこじんまりと、そして閑散としている。しかしそこから出てくる料理はとびきり美味かったという筋書だ。噂を聞いてやって来た料理人はこの料理の何に秘密があるのか考え始める。驚きの調理法が? それとも素材自体が特別なのか? シェフである小さな老婆はそんな料理人に優しく話しかける。
「特別なんかじゃありませんよ。使っているのはごく普通の食材ばかりです。80年前からずっと同じ生産者から買い続けて一度だって変えたことはありません。父の代からずっとです。メニューだって変えていません。」
「80年間ずっと同じ料理を作り続けているんですか?...よくそんな単調なことを続けられますね。」
「単調だなんて私は考えたこともありませんよ。...人間が一人一人みんな違うように、食べるものだって一つ一つみんな違うんです。固かったり柔らかかったり味が薄かったり濃かったり。一つだって同じものはないんです。料理にだって同じものは一つもありません。みんな新しい新鮮なひと皿なんです」

 同じ料理を何度も何度もただオートマティックに作るのではなく、求めている味を表現するために - 見た目は同じジャガイモかもしれないが - 日々違う材料を調整しながら - そう、例えば - 30年前に食べたものと同じ味に仕立てあげる行為はクリエイティブとは言わないのだろうか?

 芸術とは何かなんて大きな事は私には分からないのですが、ただそれらは日常を否定した所には存在しないんじゃないかなと思ったりします(その上で非日常的な作品というのはあると思いますが)。今回のエピソードにでてくる年老いたシェフに私は、何か日常を丹念に生きている感じを受けます。特に何か特別なことが起こる訳ではないが(でも本当はいろんな事が起こっているのでしょうが、それを受け止めた上で)日々じっくりと過ごしている感じがして、いい歳の取り方をしているなー、こんな年寄りになるのも悪くないな、と思ったりします。

 本歌取ついでにもう一つ。川原 泉 著「銀のロマンティック...わはは」より
「わかるよ、それぐらい。よーするに、わりかし普通っぽいところに美的やら芸術的やらはころがっているかもしんないって話だ」
「おまえがゆーと とたんに格調が失われるのは なぜだ...」
ではでは。

2010年12月07日

iOS 4.2のお話
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 Apple TVと共にAirPlayなどが注目されているiOS 4.2が発表されて久しいですが、やっと私のiPadもiOS 4.2対応になりました。もっと言うとiOS 4.2のAirPlayがやっと使えるようになりました。アップデートは早々にしてましたので、マルチタスキングは便利に使わせてもらっていました。が、なぜかAirPlayだけが使えなかったのです。

 私は他にもiPod touchiを持っているので、そちらで試すとAirPlayが使えるのです。同じ環境下でありながらiPadだけがAirPlayが使えないのです。ということは環境の問題ではなくてiPadの方に問題があることになるのですが、念の為に(無線ルーターはAirMac Expressを使っているのですが)こちら側の設定ではないかと思い一通り見てみてもそれらしきものが見当たりません。特別にiPad側に何か設定がある訳でもないので、やっぱり初期化でしょうか? めんどくさいなーと思いつつも、ま、別にいいか、特に今必要ではないし、と思い、放ったらかしにしておりました。

 うーん、でもなんかスッキリしません。インターネットで調べる日々が続きますが私の現象(iPadでiOS4.2なのにAirPlayのアイコンが表示されない)というのは見当たりません。ま、アップデートが出たら使えるようになるよ、ぐらいの気持ちでいたのですが、うーん、なんかスッキリしません。

 すっきりしないまま数日が経ったある日、いつものようにiPadで音楽を聞こうとしたところ、あれ? なぜかAirPlayのアイコンが表示されてるぞ。試しに押して見る。AirMac Expressにつなげているスピーカーから音楽がでている。あれ? 何もしてないのに使えるようになっている!どゆこと??? やっぱりあれでしょうか、カレーは一晩ねかせないといけないのでしょうか? ま、何とかなるもんだなと思ったことでした。ちゃんちゃん。

2010年12月01日

「マイ・フォト・デイズ」
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 私は絵や写真を見るのが好きです。最近はご無沙汰ですが、以前は何か展示会が美術館で開かれるとよく通ったりしてました。でも私は見るだけで - そっち方面の才能がないみたい - 写真を撮ったり絵を描いたりしようとはしませんでした。ので、初めて登山に誘われた時、カメラを必ず持ってきて写真を撮るように言われた時はどうしたものかと考えてしまいました(他にもチロリアンハットを着用するようにも言われました(by K下氏))。チロリアンハットは冗談だとしても、カメラは携帯ではマズイような気がしたので、義兄からデジカメを借りて初登山に参加することにしました。
 で実際に撮ってみると、写真って - なんかよく分からないんですけど - 面白いですね。別に写真を撮ったから何だということもなく、何かの記録のために撮ってるわけでもないし、風景写真を撮ったとしてもそれを額に入れて飾るでもなし... せいぜいが携帯の待ち受け画面にしたりしているぐらいなのですが、でもただなんとなく好き勝手に - たとえば散歩の時とかに - 写真を撮ることが楽しくなってきました。
 そんな事をいわゆる「カメラ女子」の同僚と話をしていると、それなら高知にも「池田葉子」というトイカメラで写真を撮っている人がいて、オススメだよと教えてもらいました。全く偶然なのですが、そのあとで本屋に行くといきなりその人の本を見つけてしまいました。すごい偶然! これは買っとかないといけないでしょう!

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■出版社
えい出版社
■著者
池田 葉子
■内容(カバーより)
「とにかく写真の楽しさを伝えたい。フィルムでしかできないことや初心者なりの楽しみ方もあるのだから...」そんな想いを込めて、高知県在住のアマチュア写真家・池田葉子さんが写真の楽しみ方を提案します。心に呼応した瞬間にシャッターを切った写真145点と、思いのままに綴ったカメラと写真にまつわるエッセイ30話を収録。

 まさにその時の自分にドンピシャで、なんとなく感じていた事を代弁してくれたみたいでものすごく共感した本でした。最近は、一眼デジカメも欲しいなと思いながらも、ビレバンで新しいトイデジを物色していたりします。

2010年11月08日

「犬連れバックパッカー」
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 世の中には「散歩部」というものがあるらしい。散歩とは「特定の目的もなく気楽に出歩くこと(=逍遥)」ということらしいので、それを楽しむ人たちの集まり、ということになるのでしょうね。私も散歩大好き人間だったりしますので、ちょっとした時間が空いたり気分転換したいなと思ったらすぐに外にでて歩こうとします。さらに気分が良かったりすると小一時間ぐらい帰ってこなかったりします。そんな性格だからでしょうか、私は山に登ることに対しても拒否感があまりありません(登山=苦痛と感じる方もいるようです)。ただ本当に散歩部が存在していたとしても、残念ながら私は入部まではしないかもしれません。自分はひとりでいるタイプだと思っているからです。でも今回の作品を読んでからちょっとだけ考えが変わりました。正直、パートナーがいるというのはうらやましい、と思ってしまいました。人間の方ではなく犬の方なのですが...

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■出版社
新潮社
■著者紹介(カバーより)
斉藤 政喜
 1961(昭和36)年長野県生れ。またの名を「シェルパ斉藤」という。生粋のバックパッカー作家(旅をしてそれを作品にしている)。揚子江のゴムボート下りをきっかけにライターとしてデビュー。’95(平成7)年に八ヶ岳南麓に移住し、自分の手で家をつくる。ふたりの息子と妻、3頭のレトリーバー(ニホ、サンポ、トッポ(もちろん長男は一歩))、猫のジッポとともに田舎暮らしを楽しみつつ、旅に明け暮れている。
■内容(カバーより)
「息子のクリスマスに、子犬をあげよう」田舎暮らしを始めたシェルパ斉藤がそう思いついた瞬間から、冒険は始まった。大阪からベビーカーに乗せて八ヶ岳の麓に連れ帰り、最北の島、礼文・利尻、さらに伊豆大島横断、思い出の松本、紀伊半島…。日本全国を一緒に野宿して旅するうちに、弱々しかったニホは、逞しいアウトドア犬に成長していく。心温まる、愛と感動のバックパック紀行。

 散歩でも登山でも旅でも、誰といっしょに行くかというのは重要な要因のひとつなのでしょうね。著者の作品はいくつもあるのですが、特にこのレトリバーのニホが登場する作品がお気に入りです。私は別に犬好きという訳ではないのですが、彼女が登場する作品は今までの日常生活を別の見方で魅せてくれるところが面白くて、あ、こんな世界があったんだ、と素直に感動させてくれる作品だと思います。

2010年11月03日

物部 - 中東山
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 今年も紅葉を見に行こうとFさんからお誘いがありました。10月に入ったあたりだったと思いますが、私もひそかに登山用のバックパックを新調していたりして準備万端だったりしますので断る理由などありません。エレパ登山部として二つ返事でお受けしましたが、今回も私一名だけの参加となってしまいました。ときどき部じゃなくて同好会くらいにしておこうかと考えたりします。ま、別に申告する必要がある訳でもないので、そこまで考える必要がないな、などとひとりごちてうなずいて勝手に納得してます。それからだいたい2週間程かけてゆっくり登山用に体を慣らしていき、当日に備えます。

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■日付
2010/10/29(金曜)
■目的地
中東山(標高1684m)
■天候
晴 時々 曇 (8〜18℃)
■所要時間
約5時間程度

 実は、当日は沖縄の奄美大島に台風が上陸しており日本全体がなんとなく時化風にさらわれているときの登山でした。Fさんとも話をしましたが、どう調べても当日は天気は晴れ - 少なくとも雨は降らない - 気温も比較的温かそう、風もいうほど強くないように思われます。うーん、これで遭難とかしたら言い訳できないよねと思いつつも、絶対無理はしないということで決行することにしました。

 実際登山口を目の前にしても実にいい天気です。多少風が強いですが、それはそうでしょう、ということで登山開始です。実際、登山中はお互い無口なものです。ただただ足を前に出すだけの動作が果てなく繰り返されるだけです。たまに話をしたりしますが、それもぼそぼそといった感じで特にその会話が必要なものでもなく、たまたま頭をよぎったから口に出した、的な会話でしかありません。それでもお互いが同じ山を登っていることを確認しているようで、私もぼそぼそと相槌を打ちながら山頂を目指します。肝心の紅葉は残念ながら山頂近くでは既に過ぎてしまっていましたけど、代わりに紅葉の絨毯が閑散とした木々と対照的でした。こんな風景も登らなければ実際に観ることができません。空気を感じることができません。登山者の特権ですね。あ、ちなみに今回の写真はトイデジ(AGFA sensor 505)で撮ってます。

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2010年10月21日

「アップルシード」
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 以前に紹介させてもらった橋本 紡 著「空色ヒッチハイカー」にこんな一節があります。
「この世の中にはもちろん面白い映画がたくさんある。素晴らしい映画がたくさんある。泣ける映画がたくさんある。そして、その百倍くらいの数の、下らない映画だってある。
 だけど本当に特別な映画は滅多に無い。」

この「映画」を「マンガ」に置き換えれば、私にはそれはこの「アップルシード」だと思います。
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■出版社
青心社
■著者
士郎 正宗

 「空色ヒッチハイカー」では中学生と小学生の兄弟がその「特別な - くだらないがとても大事な - 映画」にでてくる台詞を言いまわして遊ぶシーンが出てきます。例えば、

「お前のシャーペンはどうしたんだよ?」
 例えば、僕がお兄ちゃんのシャーペンを勝手に使ってると、お兄ちゃんがそんなことを言う。元ネタはフィル(登場人物の一人)の台詞で、本当はシャーペンじゃなくて車だった。
 What about your car?
(おまえの車はどうしたんだよ?)
 僕はもちろん、こう答える。
「ジュースに変わったんだよ」
 これはガードナーの台詞だ。
 You're drinkin' it!
(酒に変わったんだよ)

 まるでその二人だけの共通言語のように成立することば遊びを、高校生の時この「アップルシード」で当時のマンガ好き . アニメ好きの友人たちと繰り広げていました。いや、オタクですね、本当に。ちなみに元ネタの数々は、

「力に頼るなら勝った時だけ喋りなさい... こんな鎧なんか着るから...」
「知識や技術は使う為にある...。その功罪を問うのはおまえたちではない。憶えておけ」
「広義に考えれば全ての人材は要人なわけだし」
「真実は最高の武器 正直は最良の戦術 というわけよ」
「問題は理想世界は理想人の集合でないと成り立たないという事だ... 社会はヒトをつくりヒトは集まり社会となる 普通の人間では普通の社会しかできん... 体制だけよくてもギャップができるだけじゃ...」
「デュナンはさ 幸せって何だと思う」「私よ 私の事」「?????」
「生きるべきか死ぬべきか... ヒトが決めるべき問題なのに...」
「データ不足ならそれはそれで答えになる」
「答えが出るのを待ってる程暇じゃない 貴様自身が決める事だ」

 たまに読み返したりするのですが、今でも憶えている科白がいっぱいちりばめられています。ホント、何度も何度も繰り返し読みましたから。一言一句 . 一コマ一コマをこれほど深読みした作品はなかったですね。一冊読み切るとぐったりしてしまいます。私にとっては滅多にない「特別なマンガ」なのです。

2010年10月14日

「ノルウェイの森」
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 中学 . 高校生のときは主に学校の図書館で本を借りて読んでいました。または古本屋で立ち読みばかりしていました。本屋で買うことがあるとすればお気に入りの作家が新作を出したときぐらいだったように思います。なにしろ学生時代はお金がなかったので(わたしの家ではバイト禁止でした)。
 そんな高校生な私が文庫本でなく値段のするハードカバーの単行本を一気に2冊も買ってしまったことがあります。その赤と緑の表紙にもののみごとに惹きつけられてしまいました。ほとんど一目惚れ状態です。作者は全然知らない人だし、私が見つけたときはベストセラーになる前だったと思いますので、本当に「(なんか分かんないけど)キレイだ」という理由だけで購入してしまったことになります。そしてどっぷりハマってしまいました。

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■出版社
講談社
■著者
村上 春樹

 本好きの友人達の会話にもこの本の名前が出てくるようになり、自分の読んだ本が後からベストセラーになるという経験にひどく戸惑ったのを覚えています。当然友人達にも貸しだしたりしましたが、反応はさまざまだったように思います。全然分かんない、って人もいたし、嫌いじゃないけど性的表現が執拗でその意味するところが分からないっていう友人もいた。もちろんものすごく気に入ってくれる友人もいたのですが、残念ながら、それでも会話がはずまなかったように覚えています。問題は、この作品の何がいいのかをうまく説明できないことにあったように思います。今でも私はうまく説明できないと思います。
 でもしごく簡単に内容を言えば、一人称で語られる恋愛小説、でしょう。もしくは、恋愛をテーマにしたものすごく出来のいい群像劇のような感じ、でしょうか? 残念ながらハッピーエンドではなく、その彼女は最後で自殺してしまうのですが。著者の別の作品から言葉を引用すれば、
「 そう、ある種のプロセスは何をもってしても変更を受け付けない、僕はそう思う。そしてそのプロセスとどうしても共存しなくてはならないとしたら、僕らにできるのは、執拗な反復によって自分を変更させ(あるいは歪ませ)、そのプロセスを自らの人格の一部として取り込んでいくことだけだ。」
これが一番しっくりくる解説のような気がします。ね、ぜんぜん説明になってないでしょ?

2010年10月06日

なんとなく普通の日々
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 最近同僚からCDを借りることがあった。あのアーティストが新曲を出したねー、久々だねー、なんて同僚数人で会話をしていたら「あ、CD貸しましょうか」って言ってくれた。翌日さしだしてくれたのは私の全く知らない2組のアーティスト。帯を読んでなんとなく興味を持つ。せっかくなのでひさびさにCDラジカセで聞いてみようと思ったがすでに音が出なくなっていることが判明。残念。そっと元に戻しておく。お返しに同じようなテイストだと思われるCDをチョイスして持っていき、借りていたCDと一緒にさしだす。お互いが顔を合わせたその日の帰りにCDの感想を言いあった。

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 ただそれだけのことなのだが、本当、久方こんなことしてなかったなー、と改めて思った。高校生の時を思い出して一人にやけてしまう。高校生の時は音楽や映画のみならず 小説 . マンガ . アニメ . 演劇 . 絵画 . 写真 . ドラマ . ラジオ etc,etc,etc, いろんなことについて言いたいこと言いあってたよなあ(たいした内容ではないけど)。もちろんそういったことにつき合ってくれる友人が何人もいたからなのだが。感謝感謝。

2010年09月29日

「津軽三味線ひとり旅」
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22歳の私が書き残している。
「これは倫理的な読み物だと思う。」
おいおい.....(ノ゚o゚)ノ

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■出版社
中公文庫
■著者
高橋 竹山

 これを読んだ時、津軽弁がこれほど豊かな音色を持っていることに驚かされた。自分もこれほど豊かな表現を文字に出来ないだろうかと真剣に考えさせられた。ほんと、日本語は懐が深いと思う。この作品は「高橋竹山」という津軽三味線演奏者の口述自伝を読みやすくまとめてくれた一冊で、興味の無い人には全然スルーな作品だと思います。でも自分は農学部出身ということもあり、一時民謡やJAZZ・ゴスペルにハマっていたときがあった(?なんで?はここでは省略。でも演歌は残念ながら今でも分からないのだが.....)。そんな私が高橋竹山に出会い、その自伝を読めたことは(一部でしかないのだが)幸せなことだと思っている。なんとなく、芸術の原点を魅せてくれた作品だと思っている。

2010年09月19日

「森田さんは無口」
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 最近マンガ分が不足している。マンガ分とは主に漫画に含まれる成分で、不足すると情緒不安定になりふさぎこんでしまったりする。マンガ分は漫画でしか摂取することができないので、マンガ分の多い作品を積極的に摂取する必要がある(なんちゃって d(*>∀<))

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 私は小説も好きだけどマンガも同じくらい大好きです。いつもの本屋に行けばまず新刊コーナーは一通りチェックします。それでも全然知らないマンガがひょっこり出てきたりするから本屋通いは止められません。今回のマンガも、おもいっきりハマってしまいました。
 女子高生 森田真由(16) - ちょっぴり人より無口です - 好きで無口な訳ではありません で始まる4コマ漫画です。無口なのにはちゃんと理由があるのですが、結果的には他人としゃべっていないのでいい意味でも悪い意味でも他人から誤解を受けるのですが、そのギャップがオチになってたりします。また主人公をとりまく同級生や両親のキャラクターも個性的で、主人公とからむことでストーリーが多彩に化学変化していく感じです。この調合具合がなかなか絶妙で、嫌みなくごくごく普通(無口ですが)の女子高生の日常を描いていきます。ちなみに私はマンガを買ったらまっさきにカバー下の表紙をチェックします。おまけで何かを描いてくれてることがあるからなのですが、この作品はまたとびきりでした。作者のキャラクターに対する愛情を感じさせてくれます。

2010年09月14日

「ひとり日和」
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ちょっと今回は後ろ向きな内容ですが.....
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■出版社
河出文庫
■著者
青山 七恵
■内容(カバーより)
世界に外も中もないのよ。この世は一つしかないでしょ - 二〇歳の知寿が居候することになったのは、二匹の猫が住む、七一歳・吟子さんの家。駅のホームが見える小さな平屋で共同生活を始めた知寿は、キオスクで働き、恋をし、時には吟子さんの恋にあてられ、少しずつ成長していく。第一三六回芥川賞受賞作。短篇「出発」を併録。

 基本自分はハッピーな内容の作品が好きなのだが、ときたま自虐的なというか刹那的というか自暴自棄的な内容の作品を手に取ってしまう。今回もいつもの本屋で立ち読みしてて、この作品に何か引っかかるものがあり、手に取ってしまった。その時は - 今思えば - ちょっと気分的に落ち込んでいたのかもしれない。またそういったときに限ってこういった本をチョイスしてしまうのだから、破滅的なところが自分にはあるのかもしれない。結局その日はこの本を買って帰ったのだが、やはりというか、とにかく否定的でダークサイドに引きづり込まれそうな内容なのだが、遅遅として読み進まないのだが、それなら読まなければいいのだが、最後までじっくり読んでしまう。ほんと、なにやってんだか.....
 とはいえ、ヘルマン ヘッセ「車輪の下」や J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」などが好きな自分には当然のことなのかもしれない。ちなみにこの2冊はもう二度と読み返してやらないと思っているけど、まだ本棚にあるのはなぜなのでしょうか。この本も本棚にいつまでも居続けるんだろーなー。

2010年09月06日

「クジラの彼」
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 お久しぶりのブログ更新です。
 今回は高知県出身の方の小説です。
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■出版社
角川文庫
■著者
有川 浩
■内容(カバーより)
『元気ですか? 浮上したら漁火がきれいだったので送ります』彼からの2ヶ月ぶりのメールは(何度読み直しても食い入るように眺めても)それだけだった。聡子が出会った冬原は潜水艦(クジラ)乗り。いつ出かけてしまうか、いつ帰ってくるのかわからない。そんなクジラの彼とのレンアイには、いつも7つの海が横たわる…。表題作はじめ、『空の中』『海の底』の番外編も収録した、男前でかわいい彼女たちの6つの恋。有川浩がおくる制服ラブコメシリーズ第1弾。

 iPadやiPhoneの発売に続き8月にはエレパ夏祭りなどがあってバタバタした日々を過ごしていましたが、丁度その時期に読んでいたものです。表紙がとっても涼しげな印象でおもわず手に取ってしまいました。ちょこっとプロフィールなどを読んでいると高知県出身とのこと。そういえばこの作者の名前はどっかで見聞きしているなー。しばし立ち読みを開始。うん、面白そう、今日はこれを買って帰ろう。
 しかし! その時はこれがベタ甘ラブロマ作品とは知らなかったのです、私は。本当に倒れてしまいそうなくらいベタ甘でした。でも、読み進めているうちに - なんと言うのでしょうか - なつかしい、感じがして最後まで読んでしまいました。このフィーリングというかテンポというか、うーん、どっかで知っているような気がするんだけどなー...
 個々の作品の終わりにある「Fin.」の文字。またあとがきの最後の感謝の一文...
 え? ひょっとして新井素子...でしょうか?
 さっそくググってみると、やはり、というか同じ印象を受けた方が多数いらっしゃるよう。
 うわお! めっさうれしい!!  めっちゃ なつかしー!!! めちゃめちゃテンションあがるー (*>∀<)!

 あ、意味分かんない方は別にスルーしてください。とにかく一冊で二度おいしい作品でした。ひょっとして今年夏バテしなかったのはこの作品のせいかもしれません。とにかく元気が出ました、はい、個人的に。

2010年06月09日

「まるいち的風景」
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iPadを購入して数日がたちます。迷惑メールなどをまとめて削除!なんてすると「そんなにたくさんのこと一度にむりですー \(;゚∇゚)/」てな感じでメールが終了するところとかがかわいくてしかたがありません。ドジっ子か おめーは!とつっこんでしまいます。
 今回紹介する本も昔の本で申し訳ないのですが、こういった新しいインターフェースが登場する度に読み返してしまいます。
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■出版社
白泉社
■著者
柳原 望
■内容
家電メーカーから発売された家庭用ロボット「まるいち」。この子の性能は、持ち主がやって見せた行動をそのまま再現する、というもの。ということは「できないこと」をさせるのではなく「一度やってみせないといけない」ということ。マスターが出来ないことは「まるいち」にも出来ない。だから自分の代わりに掃除をしてもらいたかったらマスターがまず掃除をする必要がある ということです。逆に言えば人間がすることはなんでも実行してしまうということ。当然この子を使った犯罪なんかもストーリーの中で起こってきます。
 家族をつないでいるものはなに? 恋人同士をつないでいるものは? そもそも人間関係をつないでいるものは何? それって、もしこの子が代わりにできてしまったら... そんなことをつい考えてしまいます。もちろんこの作品にその答えが描かれているわけではないのですが、口のない(しゃべれないという以上の意味で)「まるいち」がとても象徴的なキャラクターとして活躍します。
 でも作品は決して深刻な内容ばかりではなくて、ちゃんと少女漫画としても成立しています。「まるいちが悲しい機械にならないように」 作品の最後の最後にでてくるセリフですが、この作品の根底に流れているふわっとした優しい感じがこのセリフに集約しているように思います。

2010年05月31日

iPad 売れ筋アイテム
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iPadの発売で5/28・29・30日とお客様にご来店いただき、まことにありがとうございました。フリー分も含めて初回入荷分は完売いたしました。スタッフ一同お礼を申し上げます。随時予約を受け付けておりますので、これからもよろしくお願いいたします。

さて今回のiPad関係で売れ筋だった商品3アイテムをご紹介しておきます。

1.ケース
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■さすが純正ケースです。一番人気です。ラバーな感触で好き嫌いあるかと思いますが、スタンドにもなる優れものです。
■販売価格(税込)
3.980円
http://store.apple.com/jp/product/MC361ZM/A


1.液晶保護フィルム
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■とりあえず何か貼っておきたい、といった多くの方が購入していただきました。値段も手頃です。反光沢フィルムもあります。
■販売価格(税込)
1.260円
http://www2.elecom.co.jp/avd/ipad/protection-seal/ava-pa10flg/index.asp

本格派はコチラがオススメ。値段が倍ですが...
http://www.pawasapo.co.jp/products/ipad/pip02.php


1.クリーニング関係
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■クリーニングクロスです。とりあえずと思って置いてたのですが、結構人気でした。確かにあると便利だと思います。
■販売価格(税込)
399円
http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=PDA-IPADCC&cate=1&keyword=PDA%2DIPADCC

☆ちなみに。ガラスなどをふくには、一度水できれいに洗い、かたーくしぼった布やぞうきんなどが一番いいそうです。もちろんメガネふきなどもOKです。

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■これもスキマアイテムですが、結構人気がありました。iPadのDockコネクタをカバーしてくれます。
■販売価格(税込)
588円
http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=PDA-IPADCAP&cate=9

2010年05月26日

「知的生産の技術」
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最近はiPadの話題でもちきりです。iPadってどうなの? そんな感じで話をさせてもらっているのですが、そのお客様もそんな感じで話が始まったと思います。抽象的な話をしていると、その方、いわゆる「メモ魔」であることが判明! いきおい 話はお互いが使っている文房具のことについて花がさきます。アナログな本当のノートやメモカードの話から、Palm . iPhone . WinCE . クラウドなどの話で盛り上がり、iPadは楽しみにしてますよ!で終わりました。
 そんなことがあって久々に今回の本を思い出しました。第1刷発行が1969年ですから私が生まれる前の本です。今となっては古いテーマが多いのですが、ではこの本の中でとりあつかっている問題が解決したのかと問われれば、答えは 否 ではないでしょうか。その問題に真っ向から立ち向かおうとする著者の心意気は改めて読み直してもいきいきとしているように思います。ちょっと長くなりましたが、「情報処理」「知的〜」「〜の技術」今風なら「〜ハック」のカテゴリに先鞭をつけた一冊だと思います。これをiPadで読めたらおもしろいだろうなー、なんて思ってしまいました。

■出版社
岩波新書
■著者
梅棹 忠夫
■内容(カバーより)
学校では知識は教えるけれど知識の獲得のしかたはあまり教えてくれない。メモのとり方、カードの利用法、原稿の書き方など基本的技術の訓練不足が研究能力の低下をもたらすと考える著者は、長年にわたる模索の体験と共同討論の中から確信をえて、創造的な知的生産を行なうための実践的技術についての提案を試みる。

2010年05月22日

特価品 4GB USBメモリ
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数量限定で4GB USBメモリが特価で入ってきました。
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☆これは安いと思います!
■メーカー
SILICON POWER
■型番
SP004GBUF2M01V1K
■販売価格(税込)
987円
http://www.silicon-power.com/product/pro_detail.php?main=10&sub=14&pro=40&sub_v=&currlang=sjis

2010年05月17日

USB扇風機
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また冷却アイテムですいません。
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☆夏!って感じがします。

■メーカー
サンワサプライ
■型番
USB-TOY50
■販売価格(税込)
1.470円
http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=USB-TOY50

2010年05月16日

iPadコーナー
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本体はきてませんが、コーナーを作ってみました。
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まだまだ品揃えが充分ではなく、申し訳ありません。
現在いろいろなメーカーから取り寄せておりますが、一部納期がかかっているものがあります。これから徐々に充実させていきますので、欲しい商品がありましたら一度お声をかけてください。
(というか、商品ひとつひとつ大きすぎです。本当に全部置けるのか? 不安ちゃんになりそうです)

2010年05月15日

MiniDisplayPort to HDMI adapter [Audio Signal Support Model]
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Macユーザーのためのレアアイテムが入荷しました。
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☆これでHDMI接続で映像を出力できるようになります。しかも今回は(対応機種が限られてますが)HDMIから音声も出せるようになりました。

※映像+音声出力対応機種※
2010年4月発売のMacBook Pro 13"(MC374J/A、MC375J/A)
2010年4月発売のMacBook Pro 15"(MC371J/A、MC372J/A、MC373J/A)
2010年4月発売のMacBook Pro 17"(MC024J/A)
2009年10月発売のiMac 27" (MB953J/A、MB952J/A)
2009年10月発売のiMac 21.5"(MC413J/A、MB950J/A)
※その他のMiniDisplayPortを搭載した機種では映像信号のみ対応です。音声信号は出力されません※

■メーカー
moshi
■型番
mo-hdmi-2
■販売価格(税込)
3.360円
http://www.moshi-shop.jp/group_detail_m.cgi?group_id=090288

今回の特価品
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今回もサンワサプライさんからの提供です。
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☆機能盛りだくさんな省エネエコタップ 2.0m・4個口です。

■型番
TAP-SP24E
■販売価格(税込)
1.098円
http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=TAP-SP24E

2010年05月13日

岩黒山 アケボノツツジ
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エレパ登山部 活動しております(現在私1名ですが)。
今回は石鎚山近くの岩黒山でアケボノツツジをみてきました。
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ガスのなか寒さにふるえながらの山登りになりました。

今回の山行データ一覧を。
日付:2010/05/12(水曜)
目的地:岩黒山(標高1746m)

大きな地図で見る
 広域に拡大してもらえば愛媛県西条市と高知県仁淀川町との間ぐらいにあることが分かると思います。
天候:晴 (8℃〜10℃)
 寒! しかもガスが発生し、視界は霧の中を歩いているような状況。ひどいときは10m先が見えません。また風も冷たい... 5月とは思えません。念のためにネックウォーマーを持ってきていて正解でした...
所要時間:往復で約3時間ほど(土小屋から出発)。

2010年05月06日

「空色ヒッチハイカー」
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あまり書くとネタがばれてしまうので、カバーの内容紹介だけ。

■出版社
新潮文庫
■著者
橋本 紡
■内容(カバーより)
人生に一度だけの18歳の夏休み。受験勉強を放り出して、僕は旅に出る。兄貴の残した車に乗って、偽の免許証を携えて。川崎→唐津、七日間のドライブ。助手席に謎の女の子を乗せて、心にはもういない人との思い出を詰めて、僕は西へ向かう。旅の終わりに、あの約束は果たされるだろうか。

2010年05月05日

冷却コーナー
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今年も集めてみました、冷却アイテム。
まだ全部揃っていないのですが、ちょっとづつ追加していくつもりです。

2010年05月03日

でかせんぷうき
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120mm角大型ケースファンを採用した大風量モデルです。

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マグネットもついています。

■メーカー
シグマA・P・Oシステム販売
■型番
UMF02シリーズ
■販売価格(税込)
1.680円
http://www.sigma-apo.co.jp/front/products/detail/UMF02

2010年05月01日

BOSE インイヤーヘッドフォン
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BOSEのイヤフォンです。未だに人気の衰えないヒット商品です。
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☆でも私はオーディオテクニカの方が好きですけどね。

■商品名
Bose in-ear headphones
■型番
IN-EAR HEADPHONES
■販売価格(税込)
12.600円
http://www.bose.co.jp/jp_jp?url=/consumer_audio/headphones/audio_headphones/in_ear/in_ear.jsp

2010年04月28日

個性派 iPhone 3G/S用ケース
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TREXTA(トレックスタ)というメーカーの商品で、新しい柄が入荷しました。

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☆ベースボールです。
■商品名
snap on cover シリーズ
■型番
SOC-BABALL
■販売価格(税込)
3.480円

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☆刺繍柄です。
■商品名
snap on cover シリーズ
■型番
SOC-GREYBL
■販売価格(税込)
3.480円

2010年04月26日

もっちんぷりん
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県外から飛び込みで行商に来てた方がいました。
これです。

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けっこうインパクトがあったのでおもわず買ってしまいました。
525円で3個入りです。

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カスタードクリームをおモチで包んでカラメルがかかっているお菓子で、高知では取り扱っているお店がないそうです。

お味の方は、文字どおりプリン味でした。おモチなので食べごたえがあります。冷やして食べるとさらにおいしいそうです。

2010年04月25日

第3世代iPod shuffle専用のリモコンカバー
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■メーカー
OZAKI
■型番
IC829
■販売価格(税込)
2.310円
☆これで純正イヤホンでなくても操作ができるようになります。イヤホンも自由に選べます。VoiceOverにも対応。
http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/1004/19/news038.html

ドコモ Xperiaアクセサリ
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CA3B0008.JPG

液晶保護フィルムとかシリコンケースなど基本的なモノしか置いてませんが、コーナーみたいなモノを作ってみました。新作のストラップとかも置いてます。

2010年04月24日

インナーイヤーヘッドフォン
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aut03.jpg
初回限定版の赤 入荷しました!
■メーカー
オーディオテクニカ
■型番
ATH-CKS90LTD
■販売価格(税込)
8.580円
☆この「SOLID BASS」シリーズはいい仕事してると思います。サンプルもだしてます。
http://www.audio-technica.co.jp/products/hp/ath-cks90ltd.html
製品レビューを見つけたので参考にしてください。
ちなみに私はATH-CKS70を愛用してます。
http://topics.jp.msn.com/digital/review/article.aspx?articleid=265928

肉球マウス
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USCATMBK-010.jpg

■メーカー
サンコーレアモノ
■型番
USCATMBK
■販売価格(税込)
1.575円
☆すいません、取りました。
http://www.thanko.jp/product/pc/mouse/nikukyu-mouse.html

USBキーボード Realforce108UDK ALL30gブラック
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SJ38C0_02.jpg

■メーカー
東プレ
■型番
SJ38C0
■販売価格(税込)
21.000円
☆2009年東プレ祭りで一番人気だった全キー30g仕様のダイヤテックオリジナルキーボードです。
http://www.diatec.co.jp/products/det.php?prod_c=650

2010年04月22日

「浅尾さんと倉田くん」
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私事ですいません。最近読んだ漫画のことを少し。
41NRrc-byML._SS500_.jpg
■出版社
スクウェア・エニックス
■著者
HERO
■内容(Amazonより)
友達なんと0人な浅尾蘭。自分を変えたいと思いつつ、なかなかうまくいかない日々。そんな中、ある出会いを通して少しずつ周りが変わり始めて…。心にチクンとささる青春コメディ!

☆「特別仲良くして欲しいとかじゃなくて… 普通におしゃべりしてみたいだけなんだけどなあ…」ちょっとした行き違いで同性の女友達が作れないでいる主人公 浅尾蘭。高校に入れば少しは変わるかと思ったが、いまだに友達は0人(←高校3年生でなのでけっこう重傷)。そんな浅尾に話しかけてきてくれたのは今まで避けてきた男の子だった。
 4コマ漫画なんだけどテンポがとてもよくて、ちょっと重たくなりがちなテーマをカラッと流す気持ちよさがあります。高校に入ってはじめて 友達と一緒の昼食「Phrase.4「昼食」」はグッとくるものがあります。残念ながらニガテな人もいる漫画じゃないかなとは思いますが、久々にはまった作品でした。

2010年04月21日

USBメモリ 32GB
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32GBとしてはかなり安いと思います。

supreme-8G-1.jpg
(イメージは8GBです)
■メーカー
Team
■型番
TG032GU100S
■販売価格(税込)
7.980円(4/21現在)
☆キャップもスライドタイプで、フタをなくす心配もありません。
http://www.teamgroup.com.tw/teamgroup/en/productDetail.php?pd_id=326&pl1_id=6&pl2_id=42

2010年04月17日

コンパクトUSBハブ 3種
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その1
U2H-MS3BWH_01.jpg
■メーカー
エレコム
■型番
U2H-MS3Bシリーズ
■ポート数
3ポート
■ケーブル長
約4cm
■販売価格(税込)
1.260円
☆ケーブルをハブ本体に固定することができます。
ex1.jpg
http://www2.elecom.co.jp/cable/usb-hub/u2h-ms3b/

その2
U2H-SL4BF1BK_01.jpg
U2H-SL4BF2WH_31.jpg

■メーカー
エレコム
■型番
U2H-SL4BF2シリーズ
■ポート数
4ポート
■ケーブル長
約7cm
■販売価格(税込)
1.260円
☆フェイスタイプが人気です。
http://www2.elecom.co.jp/cable/usb-hub/u2h-sl4b/

その3
USB-HUB251W_MA.jpg

■メーカー
サンワサプライ
■型番
USB-HUB251シリーズ
■ポート数
4ポート
■ケーブル長
約7cm
■販売価格(税込)
1.260円
☆全4色です。
http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=USB-HUB251SV

2010年04月16日

iPhone 3G/S用ケース
Kobayasi's Blog

カメレオンという新商品です。
ちょいハデですが、艶っぽくてきれいだと思います。

090276-op-1.jpg
■メーカー
moshi
■型番
mo-igklシリーズ
■販売価格(税込)
3.150円

☆赤のサンプルを出してます。
090276-op-2.jpg
http://www.moshi-shop.jp/group_detail_m.cgi?group_id=090276-op

2010年04月13日

iPad用保護フィルム
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さっそく入荷しました。
誰が買うんでしょうか?
あと、どこに置こうか・・・

LCD-IPADF_MA.jpg
■メーカー
サンワサプライ
■型番
LCD-IPADF
■販売価格(税込)
1.365円
☆こちらは反射防止タイプです。
http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=LCD-IPADF&cate=1

LCD-IPADKF_MA.jpg
■メーカー
サンワサプライ
■型番
LCD-IPADKF
■販売価格(税込)
1.827円
☆こちらは表面光沢仕上げです。
http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=LCD-IPADKF

2010年04月12日

「あしたはアルプスを歩こう」
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私事ですいません。
最近読んだ本のことを少し。
517uBoMAyaL._SL500_AA300_.jpg
■出版
講談社文庫
■著者
角田 光代
■内容(Amazonより)
なんかへんだ。雪が積もりすぎているのである。視界は白く染まり、風に飛ばされそうになりながら、標高二三二〇メートルの小屋に駆けこんだ。―トレッキングをピクニックと取り違え、いつもの旅のつもりでイタリア・アルプスの雪山に挑んでしまった作家が見たものは?自然への深い感動を呼ぶ傑作紀行。
☆私も登山をするのでおもしろく読ませてもらいました。本格的に登山をされている方よりはむしろ経験はないんだけど登山(またはトレッキング)に興味のある方にお勧めの本だと思います。

2010年04月10日

ゲーミングキーボード3種
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私はゲームをしないので詳しいことは聞かないでください。
では行ってみましょう。

その1
kb_pbks.png
■メーカー
DHARMA POINT
■型番
DRTCKB102PBKS
■販売価格(税込)
10.500円
☆Nキーロールオーバー対応で、チェリー社製MXスイッチ黒軸を搭載する結構こだわった作りになってます。
http://www.dharmapoint.com/products/DRTCKB102PBKS

その2
KB119GM_bn.jpg

■メーカー
オウルテック
■型番
OWL-KB119GM(B)
■販売価格(税込)
4.980円
☆正直、5.000円のキーボードです。あまり過度な期待はしない方がいいみたいです。
http://www.4gamer.net/games/027/G002716/20100219061/
実際に押してみると確かに軽めのキータッチは悪くないかもしれません。手軽に始めるにはいいかもしれません。
http://www.owltech.co.jp/products/keyboard/KB119GM/KB119GM.html

その3
title_swx4key.gif
keyboard_swx4key_2_img.jpg

■メーカー
Microsoft
■型番
JQD-00017
■販売価格(税込)
5.670円
☆バックライトキーボードです。最大26キーまで同時押しに対応します。でもどうしてマイクロソフトのキーボードってタッチが硬いんでしょうね。
http://www.microsoft.com/japan/hardware/keyboard/swx4key.mspx

iPhone 3G/S用ケース
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TREXTA(トレックスタ)というメーカーの商品です。

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http://www.gate.jp/products/trexta/stripes.html

%A5%D4%A5%AF%A5%C1%A5%E3%201.png
http://www.gate.jp/products/trexta/racing.html

%A5%D4%A5%AF%A5%C1%A5%E3%202.png
http://www.gate.jp/products/trexta/laser.html
■商品名
snap on cover シリーズ
■販売価格(税込)
3.480円

☆本革製だそうです。ちょっと他にはみあたらない個性派ケースです。

%A5%D4%A5%AF%A5%C1%A5%E3%203.png
http://www.gate.jp/products/trexta/ihug.html
■商品名
iHug シリーズ
■販売価格(税込)
3.680円

☆こちらも個性派ケースです。特徴としてストラップがとりつけられるので、首からさげることもできます。全5色あります。

2010年04月08日

自転車で転んでしまいました
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私事ですいません。
今朝自転車で前のめりに転んでしまいました。
顔面からダイブです。
私は黒縁メガネをかけていますが、眉間のところからまっぷたつです。
まさしく「一瞬何が起こったのか分かりませんでした」状態です。
進行方向を左に曲がろうとしただけなのに、イメージとしてはいきなり後輪が跳ね上がったと考えてください。とにかくバランスを取ろうと体が勝手に反応した感覚はあるのですが、こらえきれずそのままダイブし、顔面がコンクリートにあたる感覚があった後さらにそのまま前に突き出されました。そして重心が顔から額に移った辺りで、急に時間の流れが通常に戻りました。

とにかく、道の真ん中にいるので、じゃまにならないように自転車を脇まで運んでからしばしボーッとしてしまいます。手が動くことを確認し、足が曲がるのも確認したあと、自分の服を確認してびっくりしました。ホント、顔以外はコレといってすり切れた跡もありませんでした。自転車はチェーンがはずれてしまっていること以外はこちらも大したキズがあるわけでもありません。えー、と言うことは・・・ メガネが身代わりになってくれた? としばし真剣に考えてしまいました。

さて、会社に連絡をしたら気分がちょっと落ち着いてきました(出勤途中でしたので)。自転車のチェーンを直して一度自宅に引き返えす際に転んだ箇所をチェックします。メガネが無いのでボーッとしか分からないのですが、特に何か変わったところがあるわけではないように思い、首をひねっていたら、近所のおばさんですって感じの方が自転車にまたがったまま「あなたもそこで転んだの? なんでここで皆転ぶんでしょうねえ・・・」と独り言のようにつぶやいて走っていってしまいました。

まじですかー!
ここって危険スポットでしたかー!

そうそうにその場を離れました。

2010年04月05日

[クリーナー] ハヤトールNX
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■メーカー
サンハヤト
■型番
FCR-413
■販売価格(税込)
735円

☆油汚れやタバコのニコチン汚れなど、ガンコな汚れにききます。肌の弱い方は手袋をした方ががいいくらいです。エレパ定番クリーナーです。
http://www.sunhayato.co.jp/products/details.php?u=1297&id=01033

2010年04月03日

iPod専用FMトランスミッター
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at-fmt700i.jpg

■メーカー
オーディオテクニカ
■型番
AT-FMT700iシリーズ
■販売価格(税込)
3.570円

☆音を補強してくれる「D mode」がついてます。
at-fmt700i_zu.gif

http://www.audio-technica.co.jp/products/caracc/at-fmt700i.html

2010年04月01日

今回の特価品
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今回はサンワサプライさんからの提供です。

その1

FCD-9605BK.jpg

☆DVD・CDケース

■型番
FCD-9605BK
■販売価格(税込)
588円
http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=FCD-9605BK&cate=1&keyword=FCD%2D9605BK


その2

BAG-U52BK_MA.jpg

☆15.4型ノート対応PCキャリングケース

■型番
FCD-9605BK
■販売価格(税込)
966円
http://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=BAG-U52BK&cate=1&keyword=BAG%2DU52BK

2010年03月26日

久々に釣りに行ってきましたので
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まずは簡単に今回の釣行データ一覧を。

日付:2010/03/22(月曜)
遊漁船:西村遊漁
    http://www1.ocn.ne.jp/~b.wing/
天候:晴 (7℃〜14℃)
風速:2.0〜4.0m
波高:〜1.0m
潮流:比較的流れが速い場合が多かった。一時二枚潮あり。
満潮:11:00頃 小潮

 という気象条件下で06:30に出港です。自然と体が震えてしまうくらい寒かった。朝日が昇ってくるのを眺めながら約30分ほど沖に走って、本日の釣りが開始。16:30に帰港するまでほとんど竿をしゃくり続ける。食事はポイント移動の時などの隙間を見計らって皆もくもくと食べる。船長からアドバイスが流れると各自がそれぞれの反応を示す。ジグの変更をしたり、タックルを変更したりする。そしてポイントに着くと皆が一斉に竿をしゃくり出す。そのくり返しで、一種独特の緊張感が流れつづける。わりと私はこの雰囲気を楽しんでたりするのだが、そんな調子なので写真などを撮っているヒマがない。ので、文字ばかりです。
 もちろん翌日は全身筋肉痛 + 両脇が擦れて痛みが走る。

今回のヒットジグ:
 スロースキップ FB シルバー 180g --- ハマチ 約70cm
 震電改 シルバー 180g --------------------- ハマチ 約65cm

 水深は80〜100m付近のポイントが多く、今回は中層に反応が多いとのことで、船長から上層30〜40m以下を狙うようにアドバイスが出る。スロースキップ FBは底の方でワンピッチワンジャークを繰り返していたらヒット。震電改は中層を平戸ジャークとジャカ巻きを繰り返していたらヒット。水深はそんなに深いとは思わないが、二枚潮のこともあったのでロングジグの震電改では不利かなと思ったが、震電は私の一番のヒットジグ。自分のタックルに合っているみたいで、かならず一度はこれでしゃくってみる。スロースキップ FBは今回が初めてだが、気分よくしゃくることができた。自分のタックルに合うジグがまた一つ増えたかも。ちょっと嬉しい。あーでもまたハリを合うように作り直さないと・・・

 最後の最後に「ネッカ」と思われる魚をヒットしたのだが、今回用意していた自作のハリが切れてしまった。船長にえらく怒鳴られた。ここの船長には毎回怒鳴られているような気がする・・・

2009年05月05日

シャッター付USBハブ [PC周辺機器]
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これは便利な ちょっとしたアイディア商品。
通常のUSBハブにシャッターと電源スイッチがつきました。
USB-HUB245WH_MA.jpg
持ち運びをする方はゴミやホコリの侵入を防ぐことができます。
またスイッチのON/OFFをすることでPCを起動することなく周辺機器を充電したり、電源をOFFにしたりできます。

2009年05月04日

iPod用ケース STRAPOCKET [iPod周辺機器]
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こんな感じになります。
TUN-IP-000088-store.jpg

ポケットが二つついているのも便利です。
もちろんiPod以外のケイタイなんかにも利用できます。
メッセンジャーバッグやデイバックをお使いの方はどうでしょう。

2009年04月26日

iPhone 3G用ケース iSkin solo [iPod周辺機器]
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MacPerfectよりiPhone 3G用のケースがでました。
私はここのメーカーのケースが大好きです。
デザイン的にも質感も、ちょっと艶っぽさがあって。

iskinsolo_img01.jpg

でもこの商品は直販のみで一般販売はしないとのこと。
残念ながらこの商品は店頭には並びません。
ま、ご紹介までに。
MacPerfectは取り扱いがあるのでこれ以外で気に入った商品があるようでしたらお声をかけてください。

2009年04月22日

3rd iPod shuffle用レザージャケット [iPod周辺機器]
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 レイ・アウト社の3rd iPod shuffle用レザージャケットが入荷しました。

top2-2.jpg

なんかちっちゃくてかわいいです。


 3rd iPod shuffleの場合って、ケースとか必要なのかなー? って思ってたので、特に用意するつもりも無かったのですが、実際に取り寄せてみて思ったのは、なんかshuffleぽくなくていいかも、逆に。

 自分は2nd shuffleを愛用しています。いつも上着の胸元あたりにクリップでくっつけているのですが、時々「あ、iPodだ」的な視線を感じて恥ずかしい思いをすることがあります。けっこう自分は以前から使っているので他人が持っていても気にならないのですが、まだまだiPodはめずらしいのかもしれません。こういったケースで見た目に変化をつけることができるのはいいかもしれないと思い直しました。

2009年04月20日

エレコムから新型マウス発表 [マウス]
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 以前エレコムから士郎正宗・カトキハジメ デザインのマウスが発売されてたことがありました。個人的には士郎正宗マウスは3個ゲットでした。そんなことを思いださせるようなマウスがまたまた発売されます。

M-SN1ULBK_01.jpg

こんなやつです。


 いろいろとエレコムのホームページにはウンチクを書いてありますが、やはりこういったマウスはデザインが好きか嫌いか、でしょう? 個人的には久々に物欲をかき立ててくれるマウスですが、一方では仕入担当な自分がいて、在庫しようかどうしようか悩んでます。
 もしほしい方がいましたらご注文お待ちしております。

2008年11月30日

ちょっと変わったUSBメモリ  -Kobayasi-
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こんなのはどうでしょう。
色は赤とグレーの2色ですが、とりあえずグレーだけ入荷しました。
081130.jpg

08/11/30

2008年11月29日

iPhone用ハードケース  -Kobayasi-
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これがあれば腰にiPhoneがとりつけられます。
081129-1.jpg

08/11/29

iPod nano専用レザーケース  -Kobayasi-
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こんなの入荷してきました。
首からぶら下げたい方にどうでしょう。
0811229.jpg

08/11/29

2008年11月01日

iPod用スピーカー入荷しました  -Kobayasi-
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今度のはラジオも聞けて、目覚ましにもなります。
main_photo_04.jpg
残念ながらiPhoneは非対応です。

08/11/01

2008年10月28日

iPodイヤホンアクセサリー  -kobayasi-
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ちょっとしたアイディア商品ですが、気に入りました。
butfits.jpg

純正イヤホンを愛用されている方いかがでしょうか。
通信販売

08/10/28

2008年10月25日

iPhone・iPod用ケースいろいろ  -kobayasi-
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ちょっとかっこいいケースが入ってきました。

iPhone用
capsuleneo.jpg

iPod touch用
rebeltouch.jpg

iPod nano用
capsulethins.jpg

08/10/25

2008年10月23日

今年こそは在庫します!  -kobayasi-
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とりあえず5個は入ってきます。
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色は白のみです。

08/10/23

Maicrosoft Newキーボード入荷しました  -kobayasi-
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入荷しました。
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08/10/23

2008年10月15日

Microsoft Explorer Mouse  -kobayasi-
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青色LEDセンサー搭載マウス 国内販売発表!
10月31日より発売です。
mouse_explorermouse_1_img.jpg
mouse_explorermini_7_img.jpg

08/10/15

2008年10月13日

ステッカーをGETしました  -kobayasi-
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(^o^)v

DSC00565.JPG

(o≧∇≦)oやりぃ!!

08/10/13

2008年10月12日

こんなマウス仕入れてみました -Kobayasi-
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どうでしょう・・・

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                                     08/10/12

2008年10月11日

iPod nano用クリスタルジャケット 入荷 -Kobayasi-
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                                     08/10/11

Microsoft Newマウス入荷しました -Kobayasi-
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                                     08/10/11

2008年09月22日

iPhone用FMトランスミッター -Kobayasi-
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iPhone用FMトランスミッターが、少数ですがやっと入ってきます。
もちろんDockコネクタから充電も可能です。
Griffin iTrip AutoPilot
価格はまだはっきりとしてませんが、税込みで1万円きれそうです。
入荷は今週末を予定してます。

                                     08/09/22

2008年09月07日

iPhone用タッチペン
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サンワサプライからiPhone 3G & iPod Touch対応のタッチペンが入荷しました。
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以前から同様のタッチペンは何社か置いてましたが、どれもイマイチ・・・。ペン先がゴムなのが原因のひとつだと思うのですが、使っていても強く押さないと反応しなかったり、何かひっかかっるような感触がありました。

でも今回の商品はペン先に導電スポンジを採用してます。これ、画面に対してペンが垂直になるようにタッチするとあら不思議、とっても軽く反応します。少なくとも今までの商品とは感触があきらかに違います。iPhone 3GやiPod Touchユーザーでタッチペンを探されている方は一度試してみてください。サンプルも出しております。

ちなみに導電スポンジを使ったタッチペンがあることはお客様から教えてもらって知ってはいましたが、残念ながらエレパでは取り扱えませんでした。今回サンワサプライからこの商品が出ることを知って、もう即行で電話したらサンワさんもびっくりしてました。レスポンス速すぎみたいでした。