6月:お城の図書館(2/3)

 「今日はちょっと歩くよ。」
 昼食をとりに行こうと夕夏が立ち上がった。今日に限ったことではないけど、彼女はふらっと出かけては色々な食堂を巡っている。ここはラーメンが美味しいとかフライの定食が美味しいとか。どこからそんな情報をこの人は入手してくるのだろうと不思議でならないけど、最近は私をいっしょに連れていくのが楽しいらしい。私も地元民として知ってはいるけど入ったことのないお店もあるので、二つ返事でお供する事にしている。小雨の降るなか、さて、夕夏様、今日はどこにいかれますか?
 そのお店は図書館から歩いて10分ぐらいだっただろうか、小さな橋を渡ったかどっこにあった。その入口横の看板には「創業昭和28年」とあり、お店のメニューがそこにはりだされていた。小雨の降るなか夕夏はそれをじーっとみつめてから傘をたたみ、おもむろに入り口のドアを開けるのだった。
 「私はメンチカツ定食。」
 「あ、そうなの?」このお店は初めて入るけど、有名なのはオムライスに中華そばに特大の天丼なのは知っていた。てっきり、彼女ならオムライスなのかなって勝手に思い込んでいた。なんとなく「定食」っていうイメージが彼女にはなかったから。
 「ん? なんか変? これでもメンチカツ発祥地の出身なのよ。この街ではあまりメンチカツを食べさせてくれる所がないから探してたの。無性に食べたくなるのよね。・・・ね、そんな食べ物って花衣にはないの?」
 あッと、なんだろう。質問されて思わず考え込んでしまった。私、そんな事、長い間、考えてこなかったな。
 「えっと、私、食べるものはなんでもいいの。こだわりとか、あんまりないし、あんまり食べれないし。」
 「ダメだよ。花衣はもっと食べた方がいいよ。絶対痩せすぎだから。こっちの唐揚定食とかどう?」
 「うわッ、絶対食べきれないから! 焼きそばでいいって。というか焼きそばがいいな、わたしは!」
 ここって初めてきたんだけど、なんというか、ほんと「大衆食堂」って感じだなー、って思ってしまった。または昔の百貨店の最上階にあった食堂って感じかな? 色んな年代の人がそれぞれに集っている感じがするのに、みんな知らない人ばかりなのに、気心がしれているような一体感があるように感じた。店の端っこにはテレビがこれまたお昼の定番の番組をBGMのように流している。隣では女子大生達だろうか、おおっ、っと歓声をあげて特大の天丼をデジカメに収めている。またその隣の席では、将棋仲間といった風情のご年配方が蕎麦をすすっている。またその隣の席では – 家族だとしたらきっと – お母さん + お姉さん + 弟さん って感じのテーブルでは、それぞれが別々のものを注文してそれぞれのおかずを出しあって食べていた。お姉さん風の人が代表して「すいませーん、小皿ください」って厨房に声をかけている。またその隣の席ではネクタイをしたサラリーマン風の男性が新聞を読みながら夕夏と同じメンチカツ定食を食べている。いつも思う、どうして男性の食事というのはこうも力づくなのだろうか。メンチカツをほとんどかぶりつくように、飲み込むように – 目線は新聞に注がれたままで – 食べていく。だから下品だとかお行儀が悪いとかをいいたいわけではない。なんとなく自分とは違う生き物のように感じてしまうのだ。食べることに一生懸命、って感じがするのだ。・・・なんだろう、この感じ。私がなにか大事なことを捨ててきてしまったような気にさせるのだ。
 「さあ、食べるよ、花衣!」運ばれてきた料理を前に夕夏は少しおどけた風にそう言った。この人も食べることに、あえて一生懸命になっているような気がする。努力して食べているような気が私にはするのだ

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