食器のある風景

 突然ですが、高知には皿鉢料理という郷土料理があります。一枚の大皿の上には、まづは何はなくともカツオの刺身とタタキにマグロや鯛などの刺身(こちらは「生もの」と呼ばれる)があり、「すし」と呼ばれるご飯ものがあり、「組みもの」と呼ばれる揚げものや貝料理・山菜などがあったりと、山の幸に海の幸が大皿の上で一堂に会するのだ。そこにはデザートとして羊羹や果物だってあるのです。そして私はそれを盛りつけている大皿を見るのがまた好きなのです。朱色と金をもちいたド派手な装飾の大皿もあれば、白地に藍色で紋様を緻密に書きくわえた大皿もあります。またそれらの料理を取り分けて食べるわけだけど、そのときに使う小皿にも華やかに装飾されたものもあれば、普段使い用の小皿なんかも混ざってたりする。料理を盛りつける大皿と、それを取り分ける数多の個性的な小皿たちがこの皿鉢料理をさらに豊かにしているように思うのです。その皿鉢料理で使われる食器はなぜか、佐賀県 有田焼か石川県 九谷焼を使うのが伝統になっているとのこと。私としてはなぜ土佐の郷土料理の器として有田焼や九谷焼が主流になったのかは興味深いところだけど、今のところはその理由をよくは知らない。でも改めて自宅の皿鉢料理用の器をみてみると、どちらかといえば有田焼メインでそろえられているようだ。これは各地域によって傾向があるんだろうな、なんて思ってしまう。皿鉢という料理で、北の九谷と南の有田の器が土佐でごちゃまぜになって地元の郷土料理にはかかせない器となっているなんて、なにか想像しただけで愉快になってきます。
 さて食器とひとくくりで言っても、お茶碗やお皿にコップ・カップ・グラス・茶瓶・鍋・セイロ・箸・匙・スプーン・フォーク・杓やストローまで形はさまざま。これに素材やサイズ・色を加えていくと、とんでもない数になる。当然、使い方だってシチュエーションだって変わってくる。さてどんな時にこれらを使ってやろうかと考えることが楽しくて、食器を前に立ちつくしてしまう。100円ショップの食器コーナーなどは身近な危険地帯であるといっていい。とはいえ、「プラスチック製の器など使うものではない」的なことを言っていたのは「火宅の人」を書いた作家 壇 一雄だったような気がするのだけど、さてそれを改めて確認しようとするとその一文がみあたらない。ひょっとしたら記憶違いだったかもしれません。でもその誰かが書いたであろう一文は私に影響をあたえ、私もプラスチック製の器だけは使わないようにしようと思ったものです(でも今ではこちらも使っています。メラミン食器などは歴史もあり、多種多様な器が作られています。ただ、どれもこれも焼き物と違って全く同じ表情なのはやはり面白くはないですが)。また食器に関して影響を受けた作品としては 山口 瞳「礼儀作法入門」でしょう。そこには「食器類」という一章があるのです(ちなみに、タイトルが示すようなシャチホコばった内容の本でないことだけは書いておきます。例えば「礼儀作法とは何か」と問われ「まず健康であらねばならぬ」と答える。「酒の飲み方」を問われ「(その前に貴方は)正しい酒の飲み方(=おいしく飲むための飲み方)を知っているかね。盃をどう持って、どう飲むか」と逆に問いかけられるような、なかなかトンチのきいた作品なのです)。著者はある友人の家に夕食をまねかれ食堂に通されます。そこにはプラスチック製の仕切りのある皿が一枚。その上に本日のすべての料理がのせられて出てきたのだ。著者は心の中でつぶやきます。「たいへん結構だが、われわれは戦地にいるのではない」と。また日本の古い本である「万葉集」の中でも、反逆の容疑でとらえられたある皇子が「本当ならば食器に盛って食べる食事なのに、今では食事が椎の葉に盛られている」という歌があるほどです。( 家にあれば笥に盛る飯を草まくら旅にしあれば椎の葉に盛る 有間皇子 巻二 一四二)
 それほど日本人にとって食器とは大事なものであると思うのですが、じゃあ、おまえのところのグラスは江戸切子やバカラだったりするのかと問われれば、答えは否である。それも素敵だと憧れますが、やっぱり酒を飲むグラスは大手飲料メーカーのロゴ入りガラスコップでしょう! いわゆる景品としてくっついてくる奴で、居酒屋なんかでもでてくるアレだ(とはいえ最近はとんと見かけなくなりましたが)。アレって、ものすごく飲みやすくできていないだろうか? ビールを飲むのはもちろん、日本酒や焼酎だってOKなオールラウンダーな器だと思うのです(ま、見た目は安っぽさが漂いますが)。とにかく手に持ってしっくりくるし、使い勝手がよいのだ。普段使いはもちろん、皿鉢料理のときにだってこれらは大活躍します。そう考えると高知の皿鉢料理ってなかなか個性豊かなメンバーがそろっていて、格式があるようで質実剛健なところがまた土佐っぽくて良いのではないだろうか、なんて思ってしまうのです。

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