台所のある風景

　ある年の瀬に母が台所をリフォームすると言い出した。
　なんでも流し台が低くて以前から洗い物が大変だったのだとか。なるほど、高ければ工夫のしようもあるけど、低いものはしようがないな。その通りだと思い、「いいんじゃないの？」と答えておいた。私としてはこれでこの件は終わったと思っていたけど（後は母が勝手に進めると思っていたし、実際進んでいた）が、その後もことあるごとに母はいかにリフォームが必要であるか、いかに今までが不便であったかをなぜか私に主張しつづける。そしてその度、いいんじゃないの？と答えるのだが、それでも何かにつけて話しかけてくる母。
　だ、か、ら、分かったって言っているでしょうが！　と思わず声に出してしまいそうになる。これではイカン、ちょっと目先を変えてもらった方が良いかもと思い、「ところで台所周りの内装とかはどうするか決めたの？」「内装って？」「ほら、台所をリフォームするなら、それにあわせて壁のタイルなんか貼り直したりしないの？（以前TVでそんなことをしていたのを見た気がする）」　ふーん、と言った母はその日はそのまま黙ってくれた。やれやれと思っていたら、「どのタイルが良いと思うか」と次の日に業者の方からサンプルを借りてきたのだ。だ・か・ら！ 私は何だっていいんだってばさ！っとは言えないし、この件に関してはなにか言い出しっぺは私のような気がするので、しばし母の話し相手になり、あーだこーだと話をすることになった。なにか前途多難な予感がしてきたけど、ま、気にしても仕方ないと思い直し、そしてリフォームの日を迎えたのでした。
　リフォームには「なんということでしょう！」という名ゼリフのとおり、いざやってみるといろいろなことが起こるもので、当初３〜４日で完成すると思われていたリフォームは結局2週間ほどかかってしまった。当然その間台所が使えないので、煮る・焼く・炒める・蒸す はもちろん、切る・漬ける・混ぜる・和えるすらできない。そんな事をすれば洗い物が発生してしまうからだ。最初は、ほか弁やスーパーの惣菜をいくらか買ってきて、適当にバランスよく食べれば問題ないだろうとしか思っていなかったけど、これが私には我慢できないことだった。まづ、なによりご飯がいけない。本当、私の口にあわない。おいしくない、と言うのとはちょっと違う。食べ終わるとなにか疲れたように感じてしまうのだ。あと味つけや、その日によってメインで食べたい食材が自由に選べないのもストレスになった。めっちゃモヤシとか野菜をバリバリ食べたい時ってないですか?　今日は肉食うぞ！とか今日は刺身を醤油で白米でがっつり食うぞ！とかってないですか?　台所がないと、できないんですよね、これが。ほんと、困ってしまった。
　どうすればバランスの良い食事になるのかは、色々言われている。色を基準に五色そろえれば良いとか、「窓ぎわのトットちゃん」のように大きく海のモノと山のモノに分けてどちらもあるようにすれば良いとか。私は「まごわやさしい」を基本にしている。ま：豆類 / ご：ゴマ / わ：ワカメなど海藻類 / や：野菜 / さ：魚 / し：シイタケなどキノコ類 / い：イモ類 の頭文字のことだ。富山県の伝統的な食生活から由来しているらしい。
　さて、いろいろありましたが、ついにリフォームが完成する日がやってきました。
　帰宅途中にあるスーパーで、本日の夕食を何にしようか考える。そーだなあ、久々に鍋なんかいいかもしれない。今日は寒いし、作るのは簡単だし。となると、メインの食材を何にしようか？　お、豚バラ肉が割引になってる。そしたら鍋はキムチ味がいいかもしれない。なら野菜は白菜かな。それは確か冷蔵庫にあったはず。あ、キノコもあったはずなので、それも入れよう。お、ニラが安い。ニラも入れると良いかもしれない。余ったニラは野菜炒めの時に多めに使うことにしましょう。仕上げにふりかける白ゴマはまだストックがあったはず。
　さて、帰宅して台所にいくと、母がどーだとばかりにいろいろな機能を私に説明してくれる。へー、すごいねえ、と返事をしながら夕食の準備をする。まづは小ぶりの土鍋を取りだし、それにあわせて食材を一口サイズに切りわけていく。切り方は自己流でわりと適当です。鍋のダシなども市販品を利用します。手を抜けるところはどんどん抜いていきます。逆にアクを取ったり、火が通りにくいものから先に入れたり、ニラは軽く火を通すだけでいい、なんてことはこまめにしていきます。これだけでも味が変わってきますので。全体的な味つけはふしぎなもので自然と整ってきます。久々に台所で作った料理を食べ終わったあとは、人心地つけたような気分になりました。やっと食べたかったものを食べたような気にさせてくれるのでした。