始点と終点

 私には高校時代にTという友人がいた。残念ながら彼はすでに他界してしまっている。
 彼は私に「親が子に自分の夢を託すのは間違っている。自分は、親のオモチャではない」 そんなことをよく口にしていた事を思い出す。それと同時に「自分をあてに老後を考えるのはやめてほしい」とも言っていたように思う。彼は名古屋の大学に進学し、たまに高知に帰ってきては私達と飲みにでかけた。高校時代はオタクなバカ話ばかりしていたが(彼は特撮モノが好きだった)、大学生になってからはお互いあまりしゃべらなくなっていた。たまに会っても元気か?ぐらいしか言葉を交わさず、代わりにひたすら飲んでいたような気がする。風の便りに彼は名古屋でバイトを重ね、親からの仕送りを当てにせず暮らしているらしかった。私はといえば、相変わらず高知から離れず、バイトもし、就活もするが、毎日両親のいる自宅に戻っていることに、何故か彼とは遠く離れてしまったような気分に陥ることが多かった。
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 社会人になって数年が経ったある時、高校時代の友人から急に電話がかかってきて「 Tが死んだらしい。葬式も終わっているが、自宅に行ってお焼香をあげにいこう」と電話越しに言われた。Tの自宅近くの電機屋さんの駐車場に皆で集合し、私の車に乗りあってTの自宅までいくことになった。その車中で「つつむお金は新しくないほうがいいんだよな? こういう常識って、あんまり知らないんだよな、オレ」と言っていた友人の言葉が印象的だった。自分だってそんな常識知りたくもないと思いつつ、私も財布を彼に渡して再度包みなおすようにお願いした。
 彼の自宅ではとっくに葬式も片付いており、まったく間抜けな弔問客の私達を彼のご両親は招いてくれた。「あの子の友達がきてくれるなんて・・・」と母親は声を抑えてつぶやき、奥の部屋へと導いてくれた。位牌の写真が高校生時分の丸刈り黒ブチメガネの写真だったので、私は思わず吹き出してしまった。おいおい、ここまできて笑いを取るか! お前は!
 その後はお互い型通りの挨拶をし、それを済ませてしまうと特にこれといってすることも話すこともなく、ギクシャクした会話をしながら、私は出された料理をただ黙々と口に運んでいた。私はTとは高校からの友人だが、その場にはTの幼馴染がいて、彼とTの両親との会話を聞くことができた。私はTが両親と仲が悪いのだとばかり思っていたが、どうもそうではなかったようだ。もちろん仲睦まじいとまではいかないまでも、会話をする時はいつも敬語を使ってTは話をしていたそうだ。なんかちょっとだけ安心した。少なくとも当てつけに死んだのではなさそうだったからだ。
 帰りがけの車の中で友人が、「アイツは親にも気を使っていたんだなー」と言っていたのをなぜか今でも覚えている。なるほど、そうゆう見方もあるんだな、と思ったからだ。

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