4月:清涼山(2/3)

 夕夏(ゆうか)はごく普通に振舞っていただけだと思う。でも彼女には人を惹きつける何かがあふれているんだろうと – ひがみなんかじゃなくて – ほんとに私はそう思っていた。だから皆が競うように彼女を取りかこみ、いつも華やかな空間の中心に彼女が在ることを素直に素敵なことだと思っていた。ただ彼女をそうさせているのが何かまでは、その時は思いが回らなかった。
 自分とは関係のない綺羅の世界に住んでいると勝手に思っていた彼女から話しかけられたときは、正直驚いてしまった。うろたえた、という表現が正しいかもしれない。あれ? 私、何か目立つような事したっけ?って。なにせ彼女はこの予備校ではちょっとした有名人なのだ。何といってもその容姿が人目を惹きつける。髪はショートで長身でスレンダー。化粧っけはあまりなく、痩身の麗人といった感じ。でもそれに関しては本人はあまり興味がないみたい。うっすらとみえるそばかすを隠そうともしないし、服装もシンプルなものが好みのようで、アクセサリーをしているのも見たことがなかった。性格の方もさっぱりしているのだろう、彼女の周りには誰かしら(男性女性関係なく)友人がいるようだった。なによりその屈託のない笑顔が – はっきりいってその笑顔がみたくて – 自然とまわりに人が集まってくるような人であった。そんな彼女がいつのまにか私の隣りの席に座って授業を受けるようになったのだ。席順が決まっているわけではない予備校で、彼女の方が私の隣の席に座るようになったのだ。
 ・・・えーっと、これは一体、何があったのでしょうか?
 そのカフェは確かに見晴らしが良かった。店内には柱が一本もなく、ちょっとしたテニスコートが入りそうな開けた空間の入口正面と右側面の2面がガラスだけでできていた。そのガラスの壁に沿ってそれぞれキャラクターの違う背の低いテーブルが配置されている。そしてそのガラス越しに市内が一望できた。思わず感嘆詞が漏れそうになるが、入り口近くにいた店員さんに声をかけられたのでとにかく先にオーダーをとることにする。ここはセルフサービスのようで先に注文をしてからお好きな席にどうぞ、というシステムになっているみたい。
 「ねえ、夕夏は何度もここに来たことがあるの?」
 「”何度も”というほどじゃないね。3回くらいかな?」
 とりあえず端っこの席に行こうとする私を捕まえて、彼女はど真ん中にある席を陣取り、私にもそこに座るように椅子を引いてくれた。確かにそこでの見晴らしは良かったが、ちょっと落ち着かないのも私の正直な感想だ。私は隅っこの方が落ち着くのだが・・・。 これは後でタイミングをみながら彼女に伝えることにしよう。
 最初は「ここ、空いてる?」ってな感じで話しかけられたと思う。
 自分のことをいうのはあれだけど、私は知らない人と話をするのが苦手だ。そしてこの予備校では知り合いがいなかったから、いきおい私は誰ともしゃべらず、隅っこで一人過ごす事が多かった。いなけりゃ作ればいいじゃないかと思うこともあったけど、自分は友達を作りにここに来ているわけでもないし、また一人でいても放っておいてくれる空気が予備校にはあった。それに私は一人でいるのはなれっこだった。
 だから彼女が話しかけてきた時は逆に「どうぞ」と言うのが精一杯だった。実際問題として、しゃべる事をしなくなるとヒトはうまくしゃべれなくなってしまう。しゃべるという動作をわすれてしまうからだろう。その日はそれだけで終わったけど、次の日も次の日も彼女はわたしの席の隣に座るようになった。私もいつも隣に座る人に挨拶だけしかしないのも愛想がないなと思ったので – ほんと、どうでもいい事しか思いつかないな、私って – 天気の事や昨日コンビニで買った新商品の事や、もうすぐ予備校で行われる実力テストの話なんかをした。でも、それからだったと思う。彼女から次の日曜日の予定を聞かれるようになったのは。

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