6月:お城の図書館(3/3)

 痩せすぎ、か。どっちかっていうと痩せぎすって言葉の方が私にはあってるかな。
 先ほどの食堂から図書館に戻ってきて、夕夏と勉強会を再開している。ほんと苦しいぐらい久々にお腹いっぱい食べたような気がする。ほんとはうどんにしたかったのだけど、焼きそばのほうが野菜が多いからという理由で、夕夏の前ではいいだせなかった。私は夕夏と一旦別れて図書館の2階にあるお手洗いで鏡に写っている自分の姿を見つめている。そしていつも思う。なぜ私の肌はこんなにも白いのだろうか。時々自分で自分をみてゾッとする時がある。痩せぎすな体に青いぐらい白い肌。長い黒髪もこうしてみると陰鬱で重苦しいイメージでしかない。夕夏は私を可愛いと言ってくれるけど、私は彼女の颯爽とした態度が好きだったし、ちょっと地黒だけど日に焼けても赤くなったりしないたくましい肌が私は素敵だと思った。そばかすだって彼女にはチャームポイントにしか見えなかった。
 鏡で自分をみるたびに思う。私は本当に生きているのだろうか?
 そんな私は最近、鏡に向かって「笑顔」を作ってみようと格闘している。えーっと、ここの頬の筋肉がこう動いて、ここら辺まで動かしたら、うん、笑顔っぽくなるな、なんて考えながら何度も鏡の前で確認してみる。以前なにかで「赤ちゃんは楽しいから笑うのではない。笑うことが楽しいのだ。」って書いていたのを読んだことがある。その時は、ふーん、なるほどね、うまいこと言うなー、くらいしか感じなかったけど。でも今の私はその赤ちゃんの気持ちがなんとなくわかる気がする。私が笑顔で微笑むことで、彼女がものすごく喜んでくれることに気がついたのだ。再度鏡をみて笑ってみる。どうにも不自然で引きつっているような笑顔で、こんなんでいいんだろうかと不安になるけど、仕方がない。引きつっていようがどうであろうが、夕夏のためだ、笑顔の一つや二つ、作ってやろうではないかという気に私はなっていた。
 彼女が私の何を気に入ってくれているのかは今だによく分からないけど – だからこそ – 彼女にはできるかぎり微笑みたいと思った。そしてもう少し、私は食べるようにしたいとも思った。それによって身長が伸びたり、劇的に身体が変わるなんて思っていないけど、私がそうすることで喜んでくれるヒトが私にはできたのだ。
 また小雨が少しばかり強くなったみたいだった。雨音が時々聞こえてくる。風はほとんど吹いていなくて、今日はほんとに静かな雨の日だと思った。

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